「なさけ(な避け)」。否定を表現する「な」がある(→「な(助詞・副詞)」の語源(その2・2024年12月11日)。この「な」による「な言ひそ」(言ってはなりませんよ)といった表現がありますが、「なさけ(な避け)」は、その表現が「さけ(避け)」でなされ、「そ」は省略されている。意味は、避(さ)けてはなりませんよ、ということであり、その、避(さ)けてはなりませんよ、という指令が自然発動し→放っておけない思い・心情になる、ということ。それが「なさけ」。なぜそういうことが起こるのかといえば、それは、人間は集団的・社会的生物だからということでしょう。
この「なさけ」は、人が生活するうえで、さまざまな場面であり得ますが、男と女の関係で起こることもあり、その場合は、「なさけ」が、男女間の恋心、さらには、性的なこと、の意味あいを帯びたりもする→「『しがねえ恋の情けが仇』」(「歌舞伎」『与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)』)。
また、その自然発動による働きかけは直接に人に対してのみというわけではなく、環境におけるさまざまな対象に対しても発動される→「なさけある人にて、瓶(かめ)に花をさせり」(『伊勢物語』:客人を迎えるにあたって、花をかざっている。この場合は、趣(おもむき)のある人、のような意味になる)。
「人柄のあはれに情(なさけ)ありし御心を、上の女房なども、恋ひしのびあへり」(『源氏物語』:この「なさけ」は、思いやりや同情の自然発動、とでもいうような、もっとも一般的な意味)。
「ここかしこの立石どもも皆まろび失せたるを、情(なさけ)ありてしなさば、をかしかりぬべき所かな」(『源氏物語』:この「なさけ」は、趣(おもむき)、のような意)。
「男女(をとこをんな)のなさけも、ひとへに逢見るをばいふものかは」(『徒然草』)。
「おとらずなさけのおとづれは、いふはかりなくて、ふかき中にてなん有ける」(『名女情比』五巻:この「なさけ」は遊女たるある女にかんして言っている。「いふはかりなし」は、言語的な計測表現などない。言葉で言い尽くせない)。
「其の上五位以上の者、拷器に寄せらるる事、先例稀なり………………近き世には例なし、情(なさけ)なしとぞ申しける」(『保元物語』:罪や罰を許したり宥(なだ)めたりすることを「なさけ」と表現している)。
「白露のなさけをきけることの葉やほのほの見えしゆふかほの花」(『新古今和歌集』)。