◎「なけなく」
「なきへなく(無け経無く)」。無い経過・ことのなりゆき、無く、の意。つまり、そういう経過があり、ということ。「なけなくに」という言い方をする。
この語は、一般に、「なけ」は「無(な)し」の古い未然形で、それによる「なけぬ」(ぬ、は否定)のク語法、と言われる。否定の「ぬ」は未然形につくから「なけ」が「なし(無し)」の未然形ということなのでしょうけれど、「無し」の否定が「なけぬ」、「赤し」の否定が「赤けぬ」といった表現に例がない。「無(な)く経(へ)ぬ」(ぬ、は否定:無くは経過しない)のク語法で、なくへなく→なけなく、の可能性もありますが、表現が堅苦しすぎるように思われる。
「我が背子は物な思ひそ事しあらば火にも水にも吾(われ)なけなくに(吾莫七國)」(万506:私の無い経過・ことのなりゆき、はない。どんなことがあっても、私がいる(どんなことがあっても私だけはあなたを信じつづける、ということなのでしょう))。
「吾が大君ものな思ほし皇神(すめかみ)の継ぎて賜へる吾(われ)なけなくに(吾莫勿久尓)」(万77:これも、私がいる、という歌。これも女性の歌)。
「旅といへば言にぞやすき すくなくも(完全に満足するようなものではなくとも) 妹に恋ひつつすべなけなくに(奈家奈久尓)」(万3743:彼方に恋ひつつ、(その恋を成就させる)すべがないことはない。ある(恋は成就する))。
◎「なけなし」
「なきへなし(無きへ成し)」。「へ」は方向を示す助詞。「なき(無き)~」にする、の意。それがなくなると何もなくなってしまうなにか。「なけなしの金(かね)」。
「『…なけ無(なし)の一(い)つてうらを著殺(きごろし)に著切つて仕まふだ』」(『浮世風呂』)。