◎「なくし」(動詞)
「なくなし」(その項参照)の(二番目の)「な」の退行化した無音化。何かを喪失すること。形容詞「なし(無し)」の連用形「なく(無く)」と動詞「し(為)」による「なくし」という表現はもちろん別に可能。
「八『それをたつた二三年で潰(つぶ)したネ』 松『さやうさ。失(なく)すは早い物。一文の銭もあだおろそかには設(もう)かりませぬ』」(「滑稽本」『浮世風呂』)。
「財布をなくした」。

◎「なくなし(無(亡)くなし)」(動詞)
「なきへいなし(無きへ去なし)」。「いなし(去なし)」は「いに(去に)」の他動表現の独律動詞化。「なきへいなし(無きへ去なし)→なくなし」は、無い状態へどこかへ行かせてしまうこと。死なせてしまうこと(死んだこと)も表現する。赤く成(な)し(赤くし)、のような、「なし(無し)」の連用形と動詞「なし(成し)」による「なくなし(無く成し)」という表現はもちろん別に可能。これの自動表現は「なくなり(無(亡)くなり)」。
「人をなくなして、かきりなくこひて思ひいりてねたる夜のゆめに見えけれは…」(『御撰和歌集』詞書:これは、人が死んだ)。
「この東三條殿、関白殿との御中殊に悪しきを、………いかでこの大将をなくなしてばやとぞ御心にかかりて大殿は思しけれど…」(『栄花物語』:これは、死なせてしまおう、というわけではなく、権勢や社会的勢力をなくさせようということ)。
「此國にまたなき美男又なき色好み、八年此かたにおよそ千貫めをなくなして…」(『色道大鏡』:これは財産がなくなった)。

◎「なくなり(無(亡)くなり)」(動詞)
「なくなし(無くなし)」の自動表現。無い状態にどこかへ行ってしまうこと。死んだことも表現する。
「手に力もなくなりて、萎えかかりたり」(『竹取物語』)。
「昔、をとこ、やむごとなき女のもとに、なくなりにけるをとぶらふやうにて、いひやりける」(『伊勢物語』:死亡したことを弔(とむら)うように)。