◎「とり(取り)」(動詞)
「とをり(と居り)」。「と」は思念的になにかが対象化する(なにかが沸く状態(湧き、確認される状態)になる)→「と(助)」の項(9月7日)。「をり(居り)」は「ゐ(居)」に「り」がつきO音化している→「をり(居り)」の項。「ゐ(居)」は有ることを表現する存在表現。「をり(居り)」はそれが情況化していること。つまり、「とをり(と居り)→とり」は、思念化したなにごとかが存在として「あり(有り)」の情況になっていること。たとえば、「AがBとる」の場合、それは、AがBと居(を)る→AがBとありある(Aが、Bが思念的に湧き理性化している動態で、在る)、という意味になり、これがAがBを得ていることを表現する。「AがBをとる」と「を」により目的が明示化された場合、それによりそれのBへの帰属も明瞭さがます(何が帰属したのかが明瞭になる)。また、「AがBからCをとる」と言った場合、CのAへの帰属が明瞭になることは同時にBからの切離も意味し、切離だけが「とり」と言われることもある(たとえば「蛇口の汚れをとる」は一般に表現するのは切離のみでしょう)。
存在の「あり(有り)」に「あり(在り)」になるなにかは、ものであれ、ことであれ、さまざまです。すなわち、さまざまなものやことを「とる」。
「木に登り柿をとる」。「場所をとる」。「事務を執(と)る」。「天下をとる」。「嫁をとる・聟(むこ)をとる」。「弟子をとる」。「栄養をとる」。「資格をとる」。「時間をとる」。「歳(とし)をとる」。「(カーテンを開き)光をとる」。「熱をとる」。「服をとる」(脱ぐ、の意)。「財布をとられた(盗まれた)」。「あの店はあんなもので〇〇円もとる」。「借金取り」。「謗(そし)りをとる」(謗りを受ける)。「不覚をとる」。「仲介の労をとる」。「最期をみとる」。「家の跡取り」(家をつぐ人)。「〇あたりに宿をとる」(〇あたりに宿を定める)。「写真をとる」。「ポーズをとる」。「相撲をとる」。「ご機嫌をとる」。「リズムをとる」。「(人の言ったことを)悪くとる」。「私にとりましては…」。
動詞の前に「とり~」がつき、その動態が専心的であることを表現する場合がある。助詞「と」は上代特殊仮名遣における乙類表記であり、「とり」も通常は、たとえば、「等」や「登」により、乙類表記ですが、その場合、「と」が甲類になっていることがある(別項)。
「乃(すなは)ち撫劒(つるぎのたかみとりしばりて)雄誥(をたけびして)曰(のたま)はく 撫劒、此(これ)をば都盧耆能多伽彌屠利辭魔屢(つるぎのたかみとりしばる)と云(い)ふ」(『日本書紀』:「たかみ」は剣の手で握る部分。「屠」は甲類「と」)。「国にあらば 父とり見まし(刀利美麻之) 家にあらば 母とり見まし(刀利美麻志)」(万886:看病する。「刀」は甲類「と」)。
「取り消し」、「取りやめ」、「取り壊し」その他。動詞に「とり~」のつく語は非常に多い。「取り締まり」の「とり」は専心的であることを表現し「しまり(締り)」は他動表現。
「梯立(はしだて)の 倉梯山(くらはしやま)を 嶮(さが)しみと 岩かきかねて 我が手とらすも(良巣母)」(『古事記』歌謡69:「登」は乙類。「とらす」は「とり(取り)」の尊敬表現)。
「白波の寄する礒廻(いそみ)を漕ぐ舟の楫取る(とる:登流)間なく思ほえし君」(万3961:「登」は乙類。意味としての楫(かぢ)をとり、現す→楫を操作する)。
「千万(ちよろづ)の軍(いくさ)なりとも言挙(ことあ)げせず取りて来ぬべき男(をのこ)とぞ思ふ」(万972:問題とし理性的な完成努力せず→何の問題もなく、千万の軍なりとも自己の勢力下になる)。
「きのふこそさなへ(早苗)とりしかいつのまにいなは(稲葉)そよきて秋風の吹く」(『古今和歌集』:草取りのように苗をとるわけではなく、田植えをする)。
「この男、はた宮仕へをば苦しきことにして、ただ逍遥をのみして、衛府官(ゑふづかさ)にて、宮仕へもつかうまつらずといふこと出で来て、官(つかさ)取らせ給へば…」(『平中物語』:この「官(つかさ)取らせ」は、官(つかさ)をとったのはこの男なのであるが、「この男」に官(つかさ)を取ることをさせ得させたのではなく、この男に官(つかさ)をとることを、服を脱ぐようにとることを、させた。つまり、この男は無官になった)。
「この女、けしきをとりて…」(『伊勢物語』:様子を察して…)。