◎「とよき(響き)」(動詞)
「とよ(響)」の動詞化ですが、「とよ(響)」は「とゆほ(音ゆ秀)」。「ゆほ(ゆ秀)」に関しては「とよ(豊)」の項参照。「と(音)」はその一音で「おと(音)」を表現する(「ぬなと(奴那登:瓊(ぬ)な音(と))」(『古事記』)。「ぬ(瓊)」は玉(ギョク))。「とゆほ(音ゆ秀)」は、音(おと)よりも「ほ(秀)」だということですが、音(おと)よりも「ほ(秀)」とは、ただ音としてあるのではなく、その音同士が響きあうような状態になり、さらに自己増殖するような状態になることです。それを語幹とするその動詞化が「とよき(響き)」。この「とよ(響)」は「とよみ(響み)」、その他動表現「とよめ(響め)」という動詞の語幹にもなる。その場合、「とよき(響き)」と「とよみ(響み)」はどう違うのかというと、「~き」は理性的気づき、客観的、意思的であり、「~み」は意思動態的、自然的、という違いがある。たとえば、人は「とよき」、山は「とよみ」。似たような語で「どよみ」(その項)もある。「どよき」はないと思われるのですが、「どよぎ」はまれにある。
「畿內(うちつくに)には事(こと)無(な)し。唯(ただ)し海外(わたのほか)の荒(あら)ぶる俗(ひとども)のみ、騷動(とよ)くこと未(いま)だ止(や)まず」(『日本書紀』)。
「次(のち)に山背大兄王(やましろのおほえのみこ)に詔(みことのり)して曰(のたま)ひしく、『汝(いまし)、獨(ひと)り莫(な)誼讙(とよ)きそ、必(かなら)ず群(まへつきみたち)の言(こと)に從(したが)ひて、愼(つつし)みて違(たが)ふな』とのたまひき。則(すなは)ち是(これ)天皇(すめらみこと)の遺言(のちのおほみこと)なり」(『日本書紀』)。
◎「とよみ(響み)」(動詞)
「とよ(響)」の動詞化。「とよ(響)」は「とゆほ(音ゆ秀)」(「とよき(響き)」の項参照)。「とよめ(響め)」という他動表現もある。
「臣(おみ)の子(こ)の 八節(やふ)の柴垣(しばかき) 下(した)とよみ(騰余彌) 地震(なゐ)が震(よ)り来(こ)ば 破(や)れむ柴垣(しばかき)」(『日本書紀』歌謡91)。
「大海(おほうみ)の水底(みなそこ)響み(とよみ:豊三)立つ波の寄らむと思へる礒のさやけさ」(万1201)。
「宮人(みやひと)の 足結(あゆひ)の小鈴(こすず) 落ちにきと 宮人(みやひと)とよむ(等豫牟) 里人(さとびと)もゆめ」(『日本書紀』歌謡73:この「とよむ」は、噂している、のような意味)。
「御所をはじめまゐらせて、公卿殿上人とよみをなしてわらふ」(『弁内侍日記』)。
「夜を長み寐(い)の寝らえぬにあしひきの山彦響(とよ)め(等余米)さを鹿鳴くも」(万3680:これは他動表現「とよめ(響きめ)」)。
◎「どよみ(動揺み)」(動詞)
「どよ」の「ど」は、「どん,とあたる」などにある、鈍重ななにかがあたる際の擬音「ど」であり、それにより大なものが響き動く―そんな状態を表現する。「いよ(愈)」は、事態進行への感嘆(→「いよいよ(愈)」の項):以上「どやどや」の項参照(11月18日)。「どよみ」はそうした「どよ」の動詞化。どちらも音響が響く印象があり、意味は「とよみ(響み)」に似た印象を受けるのですが、「どよみ(動揺み)」は人の騒擾の印象が強い。ただ、古い時代のものは濁点は書かれず、それが「とよみ(響み)」か「どよみ(動揺み)」かは見た目ではよくわからない。「どよ」を語幹とする語には「どよめき」という動詞もある。「動揺み」という表記はここだけのものであり、一般性はない。
「狐、人のやうについゐて(人のように付き居て)さしのぞきたるを『あれ狐よ』ととよまれて、まどひ逃げにけり」(『徒然草』:これは原文に濁点はありませんが「どよまれ」でしょう。騒ぎになった)。
「二年の夏四月(なつうづき)に、橘豐日天皇(たちばなのとよひのすめらみこと:用明天皇)崩(かむあが)りましぬ 五月(さつき)に、物部大連(もののべのおほむらじ)が軍衆(いくさ)、三度(みより)驚駭(とよ)む」(『日本書紀』:漢字表記「驚駭(ドガイ)」は、驚(おどろ)く、驚(おどろ)き乱(みだ)れる、といったことですが、世に軍衆の鬨(とき)の声のようなものが響き人々が驚いたことがこのように書かれているのでしょう。つまりこれは、漢字表記は、どよむ、のようですが、意味的に、とよむ、でしょう)。
「いぬ(戌)の時ばかりに、いとたいらかにみこ(御子)むまれ(生まれ)給ぬ。いまひとしきりのとよみの程に、あさましきまて(で)おとろおとろしき(おどろおどろしき)にそうなと(人相など?)いとくるしからぬ程にならせ給ぬ」(『栄花物語』:これは人々の混乱したせわしない騒ぎがあり、どよみ、でしょう)。
「陸(くが)には源氏、箙(えびら)を叩いてどよめきけり」(『平家物語』:これは「どよめき」の例)。