◎「とのしくも」
「とのよしいくも(殿縦し行くも)」。「よし(縦し)」は「良(よ)し」なのであるが、全肯定した諦観のような心情を表現することがある(万2110)。たとえ殿(今別れようとしているあなたの邸宅)に行っても、の意。『万葉集』の歌にある表現(「との(殿)」にかんしては10月25日)。
「言ひつつも(いろいろ言うが)後こそ知らめ(あなたが居なくなった後に知るのではないか?)とのしくも(等乃斯久母)寂しけめやも(寂しいことだろう)君いまさずして(あなたがいらっしゃらなくて)」(万878:これは餞別の宴での歌)。

◎「とのばら(殿ばら)」
「とのはなら(殿花ら)」。「との(殿)」は建物ではなく人を意味する。元来は複数の有力者への敬称的表現ですが、後にはほとんど尊重感はなくなる。
「関白殿、その次々の殿ばら、おはするかぎり、もてかしづきわたし奉らせ給ふさま…」(『枕草子』)。

◎「とば(永遠)」
「とほは(遠葉)」。「は(葉)」は時間や歳月を表現する(→「はは(母)の項参照」)。「とほは(遠葉)」は、遠い歳月の彼方。これは「とわ」のような「とば」のような発音がなされていたでしょう。「とは」とも言う。「とことば(常永遠)」という表現もある。
「つのくに(津の国)のなには(何は、と、難波、ということか)おもはす山しろのとはに(永遠に・鳥羽に)あひ見むことをのみこそ」(『古今和歌集』)。

◎「とばり(帳)」
「とばり(門張り)」。「と(門)」すなわち出入り口(境)であることを明示的に現すもの。室内に布を張り垂れたりしてある空域と他の空域の境にする。
「乃(すなは)ち室(よどの)に入(い)り帳(とばり)を開(あ)けて玉床(みゆか)に居(ま)します。時(とき)に床(みゆか)の頭(はし)に鈴(すず)の音(おと)有(あ)り…」(『日本書紀』)。
「〇 ……トハリ…マク  幔 正」(『類聚名義抄』:〇には「幔」の異体字「㡢」の誤字が書かれる)。「帳 ……トハリ」(『類聚名義抄』)。