◎「と(利・鋭)」
「うついよ(現愈)」。語頭の「う」は退行化し「ついよ」が「ちよ」のような音を経つつ「と」になっている(この点は「と(門):9月4日」に同じ)。「うつ(現)」は明瞭な現実感を表現し、「いよ(愈)」は程度を増しなにごとかが進んでいきますが、「うついよ(現愈)→と」は、その明瞭な現実感・存在感、その作用・影響・効果、が累進的に増していく印象を表現する。非常に効果的であったり(刀ならよく切れる。人なら物事の理解が早い)、物事の進み方が迅速であったりする。これを語幹とするク活用形容詞「とし(利し)」もある(→「とし(利し・鋭し・疾し)」(形ク)の項)。
「衾路(ふすまぢ)を引手(ひきで)の山に妹を置きて山路念(おも)ふに生けると(刀)もなし」(万215:この「と」は思念的になにかを確認する助詞の「と」ではない。その場合は表記は上代特殊仮名遣における乙類になる。「と(利・鋭)」は甲類。この場合の表記は「刀」)。
「とごころ(利心)」(動揺したりしていないしっかりした心)。「とかま(利鎌)」(よく切れる鎌)。
『古事記』歌謡18・19に「とめ(斗米)」という語がありますが、これは「とめ(鋭目)」。すべてを見抜くような鋭(するど)い印象の目。
◎「と(程)」
「うついよ(現愈)」。つまり語源は「と(利・鋭)」と同じですが、ここでその作用・影響・効果、が累進的に増していくのはものごとであり、この場合の「と」はものごとの、事態や情況の、進行の程度を言う。つまり、この「うついよ(現愈)→と」は、程度を、程度の進行を、進行したその程度を、意味する。
「他国(ひとくに)は住み悪しとぞいふ速(すむや)けく(すみやかに)早帰りませ恋ひ死なぬと(刀)に」(万3748:情況の進行が、命を削るほど恋しいそのあなたへの恋しさのあまり私が死んでしまうようなことが無い程度で、その程度の情況の進行で(あなたへの恋しさのあまり私は死んでしまうかもしれない。死なないうちに)、帰って来てください)。
「妹が袖我れ枕(まくら)かむ川の瀬に霧立ちわたれさ夜更けぬと(刀)に」(万4163:夜が更けないうちに)。
「龍田山(たつたやま)見つつ越え来(こ)し桜花散りか過ぎなむ我が帰ると(刀)に」(万4395:私が帰るころに)。
「…熟睡(うまい)寝(ね)しと(度)に…」(『日本書紀』歌謡96:熟睡したそのころに)。