◎「つら(連)」
「つれら(連れら)」。「つれ(連れ)」は「つ」のT音の思念性とU音の遊離感のある動態感により時間的・空間的連動・同動、を表現する(「つれ(連れ)」の項・「行くにつれ海が見えてきた」「彼をつれて行く」)。「ら」は情況を表現する。「つれら(連れら)」は何かとの同動の情況、同動の情況にあるもの。
「根使主(ねのおみ)は今(いま)より以後(のち)、子子孫孫八十聯綿(うみのこのやそつづき)に群臣(まへつきみたち)の列(つら)にな預(あづ)からしめそ」(『日本書紀』:群臣の同動の情況にかかわらせるな、ということですが、ようするに、群臣と同じに扱うな、群臣の中へ入れるな、ということです)。
「伊勢、尾張のあはひのうみづらを行くに…」(『伊勢物語』:海と同動する情況を行くと…。海沿いを行ったということです。別語の「つら(面)」が表面を意味することもあり「うみづら」が海面を意味することもありますが、ここでは海沿いを行っている)。
「築地のつら道のほとりに飢ゑ死ぬる者のたぐひ数も知らず」 (『方丈記』:築地に同動する情況の道。築地沿いの道)。
◎「つらし(辛し)」(形ク)
「ちふりあらし(血触り荒し)」。古くは四段活用の「ふり(触り)」があった。体内の血が異和感のある「触(さは)り)」となり触(ふ)れとなり、その触れが荒廃し荒涼とした印象であること(空虚で虚しく、豊かさや幸福感がない)。たとえば「私は彼はつらいと思ふ」と言った場合、置かれた仕事環境その他により、「彼」がつらい心情になっている場合もあれば、「彼」が「私」に対し酷薄であったりし、「私」が(彼に対し)つらい心情になっていることもある。「彼はつらい」も彼がつらい心情になっていることもあれば、それは、私にとって彼はつらい人、であり、私がつらい心情になっていることもある。
「世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく(都良計久)…」(万897)。
「御心のまめやかなるにもあらねど、人に恨みられじ、女につらしと思はれんやうに心苦しかべい(苦しかるべき)事こそなけれなどおぼして」(『栄花物語』)。
「猜 ……ウタガフ ツラシ…ウラム キラフ」「薄 ウスシ…………ツラシ」 (『類聚名義抄』:酷薄、薄情ということ)。
「其(そ)の中(なか)に一(ひとり)の兒(こ)最(いと)惡(つら)くして、教養(をしへごと)に順(したが)はず」(『日本書紀』:「一(ひとり)の兒(こ)」がつらい心情になっているのではない。周囲の人にとってつらい兒(こ)であり、周囲の人がつらい心情になっている)。
「TSURAI,―ki,―shi, ツライ, 憂…………Tsuraki shujin(ツラキ シュジン)」(『和英語林集成』:主人がつらい心情になっているのではない。使用人にとってつらい主人であり、使用人がつらい心情になっている)。
「つらい仕事」。