◎「つかへ(仕へ)」(動詞)

「といきあへ(~と生き和へ)」。「と」は助詞の「と」にあるそれであり、何らかの思念内容の確認があることを表現する。「といきあへ(~と生き和へ)→つかへ」は、その思念内容を生きそれに一体化している(和(あ)へている)ことを表現する。「薬狩(くすりがり)つかふる時に(仕流時爾)…」(万3885:「薬狩(くすりがり)」は野山で薬草や鹿の角などを採取すること。(少しでも長く生き永(なが)らえるために)薬狩(くすりがり)に没頭していたときに、のような意味になる)。「御陵(みはか)つかふる(奉仕流)山科(やましな)の…」(万155:これは挽歌ですが、自分が墓に(死んだ人と)ともにいるような表現になっている)。この表現が、「磯もとどろに寄する波」のような、動態を形容する「に」により、「大君につかへ」といった表現にもなる。「大君にといきあへ(大君にと生き和へ)→大君につかへ」は、自分が生きることは自分のことではなく大君のこととなって。

この「つかへ(仕へ)」は動詞「まつり(祀り・祭り)」とともに「つかへまつり(仕へ祀り・仕奉り)」とも言われ、「まつり(祀り)」は間接的に同動することを表現しますが、何かの思念内容を生きそれに間接的に同動することはその何かへの畏(おそ)れ・敬いを表現するその何かへの遠慮の表現となり、仕(つか)へていることの謙譲表現となる。この「つかへまつり(仕奉り)」は その仕える何かをその思念内容として生きていることを表現するなにごとか をしていることも表現する。たとえば「万代(よろづよ)につかへまつらむ黒酒(くろき)白酒(しろき)を」(万4275)と言えば、黒酒・白酒をつくることがつかえること。「大殿をつかへまつ(都可倍奉)りて」(万3326)は大殿を作った(これは挽歌であり、この「大殿」は「殯(もがり)の宮」)。動詞につき「造(つく)りつかへまつれる瑞(みづ)の御殿(みあらか)」(『祝詞』「大殿祭」)。

この「つかへまつり」は音が「つかうまつり」、「へ(う)」が消え「つかまつり」になる。基本的な意味は「つかへまつり」と同じなのですが、用い方は仕える者としての礼儀性とでもいうようなものを表現する謙譲的な、そして慣用的な、丁寧表現となっていく。「あやまちは、やすき所になりて、必ず仕(つかまつる)ることに候」(『徒然草』)。「自害仕るなり。とゞめをさして給はれ」(これは江戸時代に牢人者が自分を親の仇と狙う者に対し言っている)。「~に居住つかまつる」(~に住んでいる)。

 

◎「つかへ(支へ)」(動詞)

「つきあへ(突き堪へ)」。何かを突(つ)き、そして自己を維持する。「つき(突き・築き・吐き)」、「あへ(堪へ)」はおのおのその項。「杖をつかへ」は、杖を何かに(目標感をもって)進行的な動態にし、それをそのまま維持する。それにより身の姿勢や運動が維持される。これが、進行的動態の主体により自動的に表現され「(魚の)骨が喉(のど)につかへ」などとも言われ、その状態が「喉(のど)がつかへ」とも表現される。胸に目標感をもって進行する動態(それにより胸に障碍感がある)の何かが自己を維持していることが感じられれば「胸がつかへる」(「胸のつかへが下りる」。肩が凝ることを「肩がつかへ」と言ったりもした)。これは音が強意的に「つっかへ」にもなる。同じような語で「つっかひ」(「突(つ)き支(か)ひ」)もある(「つっかひ棒(バウ)」)。

「をのといふものをもたりけるをつかへてこのうつこをみけるにそのをののえのくちにけれは(斧といふものを持たりけるをつかへて、この打つ碁を見けるに、その斧の柄の朽ちにければ)…」(『俊頼髄脳』)。

「倒れそうな木につかへをする」(支柱を添え立て、倒れないようにする)。「つっかへ棒」。

「ヤレヤレきつい人ごみだ。おかいてう(御開帳)のうちは通りがつかへてどふもならぬ」(「咄本」『鯛の味噌津』)。

「先生にさされ、A君は(英語の教科書の当該部分を)つっかへつっかへ訳していった」。