「たるみいひ(疲る身言ひ)」。「たり(疲り)」は、疲れ機能的に廃化していること(その項・2月8日)。「たる(疲る)」はその連体形。「たるみいひ(疲る身言ひ)→たるみ」、すなわち、疲れ疲弊した身(み)を言ひ、とはどういうことかというと、たとえば、「心(こころ)が疲(た)る身(み)言(い)ひ→心がたるみ」は、心が疲(た)る身(み)を、疲弊した身を、言っているのであって、身が疲弊しているわけではない。この表現が、心の「やる気」のなさ、環境や情況へ積極的に働きかけることのなさ、足りなさ、を表現する。心がそういう状態になっていることを表現する。「たるみ」は元来は心や気持ちにかんし言われた。この表現が、やがて、物的存在にかんしても言われるようになり、たとえば「綱(つな)がたるみ」のように、その存在のあり方が環境への積極性のない印象状態になっていることも表現するようになる。

「たるめ(弛め)」という他動表現もある。

「ひしむ(美人)…何と物をいはすして(言わずして)涙くみたるはかりなり(涙ぐみたるばかりなり)……………何とたるませ給ふとも、せひにつけおほつかなし(是非につけ覚束なし(怪しい))。たゝ海底にしつめみくつになせ(ただ海底に沈め水屑となせ)と(将軍は言った)…」(「幸若舞」『大職冠』:この「ひしむ(美人)」は色仕掛けで宝物の珠を奪おうと送り込まれた竜王の娘。「たるませ」は「たるみ」の使役型他動表現。弛(たる)む状態にさせる)。

「流石(さすが)侍(さふらひ)の心ね(心根)。すこしもたるむ所なく。引かへして。立浪(たつなみ)に飛入(とびいり)…」(『武家義理物語』)。

「Tarumi(タルミ),u(ム),nda(ンダ).  Afroxar(緩む). ¶ Permet(許す). Cocoroga tarumu(ココロガ タルム). …」(『日葡辞書』)。

「Tarume(タルメ),uru(ムル),eta(メタ).  Afroxar,ou alargar(緩める、あるいは広げる). Vt. Tçunauo tarumeru(ツナヲ タルメル). ……¶ Permet(許す). Cocorouo tarumuru(ココロヲ タルムル). …」(『日葡辞書』)。

「内(ウチ)ノ下男(シモヲトコ)ニ頼(タノミ)、河(カワ)ノ向(ムカヒ)ニ狭(セマ)キ井(イ)アリ、彼(カノ)女(ヲンナ)ヲタルメテ、井(イ)ノ端(ハタ)ヘ遊(アソビ)ニ出(イデ)、是(コレ)ハ何井土(ナニイド)ゾトノゾク、彼(カノ)下女(ゲヂヨ)モノゾク処(トコロ)ヲ倒(サカサ)ニツキ入(イレ)テ殺(コロシ)ケリ」(『因果物語』:これは他動表現「たるめ(弛め)」。これは、心が積極的に機能しない状態にし、なにも考えない状態にし、無警戒にし、油断させ、のような意味になる)。