助動詞「~たり」には二種がある。A.「~てあり」とB.「~とあり」。助動詞としての活用変化は動詞「あり(有り)」と同じ。

 

A.「~てあり」。動態が確認される。

「~てあり」には「~とへあり(~と経有り)」と「~つへあり(~つ経有り)」がある。

・「~とへあり」。「と」は思念的になにかが確認され、ここでは動態が確認され、それは客観的な事象となり、「へ(経)」は経過を表現し、「~とへあり」は客観的な事象の経過が有ることが表現される。

「珠(たま)に貫(ぬ)く楝(あふち)を家に植ゑたらば(多良婆)山ほととぎす離(か)れず来むかも」(万3910:植えることが想的に思われている)。

「山背(やましろ)の石田(いはた)の社(もり)に心鈍(おそ)く手向(たむけ)したれや妹に逢ひがたき」(万2856:原因が想的に思われている)。

「梅の花夢(いめ)に語らくみやびたる(美也備多流)花と吾(あ)れ思(も)ふ酒に浮かべこそ」(万852:みやびた自分が想的に思われている。末尾の「こそ」は希求の終助詞と言われるそれ(その項)、「浮かび」ではなく「浮かべ(于可倍)」になっているのは、梅が、私を浮かべて、と言ったということでしょう)。

「かの國の人(中国へ行った際の現地の人)聞き知るまじくおもほえたれども、……こゝの詞(日本の詞)傳へたる人にいひ知らせければ、心をや聞き得たりけむ、いと思ひの外になむめでける」(『土佐日記』:そうだろう、と想的に思った)。

「『…弥(いよい)よ信を凝て(信心を深くし)、彼の持者(尊んでいる僧)を供養せば、三世の諸仏を供養せむよりは勝れたり』」(『今昔物語』:持者を供養することの結果が想的に思われている。これはある男が言ったところの閻魔の言葉。ある男が、死んだが、ある僧を供養することに熱心だったことを知った閻魔に許され生き返った、という話)。

「『サァ起きたり起きたり』(起きろ起きろ)」「『…気障気(きざつけ)な話はやめたりやめたり』(やめろやめろ)」(『浮世床』:起きた状態、やめた状態が想的に思われている。「きざ(気障)」はその項)。

「願ったり叶ったり」。

・「~つへあり」。「つ」は思念的になにかが確認されるのですが、それはO音「と」のような客観的に事象存在として存在化するものではなく、そこにはU音の遊離した動態感があり、動態の現実性や継続性が表現される(「つ」による動態の継続性にかんしては、たとえば、「そう言いつつ」)。「~とへあり」の「たり」と「~つへあり」の「たり」の違いはそれだけであり、表現される動態が想的に客観的になるか現実的になるかの違いだけであり、どちらで表現されようと、決定的に意味がことなり言語生活に不自由が生じるというようなものではない。ただ、そう言われてみれば、『万葉集』のこちらの歌とこちらの歌では「たり」の現実感がちがうな、と漠然と思う程度のもの。しかも、その違いが感じられなかったとしても生活にはなんの問題もない。

「…嘆(なげ)きつつ 我が待つ君が 事終り 帰り罷(まか)りて 夏の野の さ百合の花の 花笑(ゑみ)に にふぶに笑みて あはしたる(阿波之多流)…」(万4116:あんなに待っていたあなたが、今、微笑んで目の前にいる)。

「我妹子が 形見がてらと(私と一緒にいるようなものと) 紅(くれなゐ)の 八しほに染めて おこせたる(於己勢多流:こちらへよこした) 衣の裾も 通りて濡れぬ」(万4156:我妹子もともに鵜飼で遊んだように、濡れてしまった)。

「…今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり…」(万894:見ている、知っている)。

「あしひきの山にも野にも御狩人(みかりびと)さつ矢手挾(たばさ)み騒(さわ)きたり(散動而有)見ゆ」(万927:これは現場での狩の情景を歌っている)。

 

B.「~とあり」。動態ではなく、存在が確認される。存在といっても、立場や身分などが言われ、それによりその立場や身分にある者が言われたりする。この表現は平安時代以降に生じた。

「経たる途(みち)たる万里 怗天威 如尺光」(『大唐三蔵玄奘師表啓』:「怗」の部分は一般に「天威をたのみて」と訓(よ)まれているのですが、見られる原本の字は「怗(テフ)」であり「怙(コ)」ではない。「怗(テフ)」であれば、「天威にしたがひ」のような読みではないのか。歴史のどこかで間違いが起こっているのでしょうか。また「尺光」という語があるのかどうかわかりませんが、見られる原本の字は「光」に見える)。

「然るに 忠盛朝臣 未だ備前守たりし時 鳥羽院の御願得 長寿院を造進して…」(『平家物語』)。

「男たるものその程度のことで…」。

「なんたること」。