◎「ためつもの」
「ためつもの(発生めつ物)」。「ため(発生め)」は「たみ(発生み)」の自動表現。動詞「ため(発生め)」にかんしては「たみ(発生み)」(1月17日)や「たまひ(給ひ・賜ひ)」の項参照。「つ」は所属を、空間的時間的同動を、表現する助詞。全体は、発生したもの、現れたもの、ということですが、それを現した主体は自然界をつかさどるエネルギーのようなものです。「ためつもの」の実態は食べ物や酒ですが、その意味は、自然の恵み、のような意。
「爾(ここに)大氣都比賣(おほげつひめ)鼻(はな)口(くち)また尻(しり)より、種種(くさぐさ)の味物(ためつもの)取(と)り出(いだ)して、種種(くさぐさ)作(つく)り具(そな)へて進(たてまつ)る時(とき)に…」(『古事記』)。
「悠紀(ゆき)に供奉(そなへたてまつ)る其国宰姓名等か進(たてまつ)れる雑物 合若干荷…献物…御酒若干缶……多米都物雑菓子若干輿」(『儀式(貞観)』:「悠紀(ゆき)」は大嘗祭における祭祀の準備を整える国)。
◎「ためらひ(躊躇)」(動詞)
「ためへりあひ(溜め減り合ひ)」。嘆きであれなんであれ、なんらかの情動が沸き起こる。それが、表に現れるのではなく、内面に溜められる状態になる。同時に、溜められていくその情動因とでもいうようなものが減ることも起こる。溜め増えることと減ることという矛盾した情動が同時に起こる。心地が悪くなる病状が湧き上がるような場合にも言われ、それが湧き上がり溜めることとそれが減ることが同時に起こる状態になる。さらには、何ごとかへと積極的に活動する動因がより強く増していきそれが溜められることとそれを抑制し減ることが同時に起こることも「ためへりあひ(溜め減り合ひ)→ためらひ」と表現される。
「源宰相久しくためらひて、『………』とて伏し転び泣き惑ひつつ、宮の御返聞(きこ)え給ふ」(『宇津保物語』:高まる情動を取り乱すまいと抑えるような状態になっている)。
「なやましく侍(はべり)て、うち(内裏)へも参らず。まかりありきもし侍らねばなん、そこにも参りこぬ。いまためらひて。まことや菅原は、………と聞(きこ)え給へり」(『宇津保物語』:心身の状態がよくなかったが、いまは少しおさまり平常になった)。
「『世のまつりごとは司召(つかさめし)にあるべきなり。然あれば、大臣大将などより始めて、靫負(ゆげひ)のまつりごとまで、人の耳おどろくばかりのつかさをば能(よ)くためらひて、世の人いはむ事を聞くべきなり』」(『今鏡』:結論へ向かう思考とそれへの反省とが同時に起こりつつ判断がすすむ)。
「そのの(園の)別当入道は、さうなき(双無き:並ぶ者なき)庖丁者なり。ある人のもとにて、いみじき鯉を出だしたりければ、皆人(みなひと)、別当入道の庖丁を見ばやと思へども、たやすくうち出でんもいかゞとためらひけるを…」(『徒然草』:言い出すこととそれを抑制することが同時に働く。ここで言う「その(園)」は五条大宮の内裏と言われる。「さうなき」には「双なき:並ぶ者なき」と「左右無き:迷うことなき」がある)。