「たわまひわ(た輪舞ひ輪)」。「た」は「たやすし(た安し)」、「たとほし(た遠し)」、「たわすれ (た忘れ)」などの、まったく、完全に、のような意のそれ。「わ(輪)」は1点からの等距離を自由運動したその運動痕跡。つまり、円(エン)。まったく、完全な、円、とは、真円。「まひ(舞ひ)」は回ること。回転すること。「まひわ(舞ひ輪)」は、舞って、回転して、輪(わ)に、円に、なること。どういうことかというと。たとえば線による円があったとする。その線による面方向にその円が回転したした場合、それは回転前もその後も円であり、回転により円になるわけではない。「まひわ(舞ひ輪)」は回転して円になることであり、面上のその円の中心を通る線を回転軸としてその円や面が回転しそれは回転して円になる。その立体的な印象痕跡が「たわまひわ(た輪舞ひ輪)→たま」。すなわち、真球。

この語は、物的形態として真球やそれを思わせる形態のものを表現しますがが、それだけではなく、美しい石(さらには、そのような印象のもの)も意味する。「たま」がそれを意味するのは、古代の装飾品において、それを連ね首飾りなどにしたところの、翡翠(ひすい)その他で作られた、非常に短く中央の穴の非常に小さな管と球体の(球に近い)中間形というようなものが「たま」と呼ばれ、そうした美しい印象の小さな石が「たま」と呼ばれるようになっていった、ということでしょう(古代においては、「たまつくり」と呼ばれる、そうしたものを作る専門の職人もいた。その職人集団は「たまつくりべ(玉造部)」であり、「たまつくり」はその人たちが集住していた地域の地名にもなっている)。「しらたま」は真珠を意味する。「たまがき(玉垣)」の「たま」は美称でしょう。本当に垣に玉を飾ったとも思われない(古代人ですから、そのくらいやるかもしれませんが)。「たまかづら(玉葛)」などは、連ねた玉を髪に飾るくらいのことはやったでしょう。「たまははき(玉箒)」は神事用的な箒(ほうき)であり、これは本当に玉を飾り、当時の現物が正倉院御物として残っている。

「信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉(多麻)と拾はむ」(万3400)。

「よきひとのまさめにみけむみあとすらをわれはえみすていはにゑりつくたまにゑりつく(吉き人の現目に見けむ御跡すらを我はえ見ずて岩に彫りつく玉に彫りつく)」(『仏足石歌』この「たま(多麻)」には「魂(たま)」もかかっているということか)。

「琴頭(ことがみ)に来居(きゐ)る影媛(かげひめ)玉(たま:拕摩)ならば吾(あ)が欲(ほ)る玉(たま:柁摩)の鰒(あはび)白珠(しらたま:之羅陀魔)」(『日本書紀』歌謡92)。