◎「たふし(倒し)」(動詞)
「たふれ(倒れ)」の他動表現。均衡・バランスを持続的に動揺させ失わせることであり、そうされた何かは均衡のない状態となり、力の均衡によって維持されていた全体の存在態様はそれを維持できなくなる。「たふれ(倒れ)」(自)・「たふし(倒し)」(他)に動態印象の似た動詞として「くづれ(崩れ)」(自)・「くづし(崩し)」(他)がありますが、「たふれ(倒れ)」は全体の維持均衡が動揺し失われていき、「くづれ(崩れ)」は内的構成力が動揺し失われていく。
「猶猛(たけ)き風(かぜ)の大なる樹を吹き倒(タフス)が如くして 心迷失緒 都無所知」(『金光明最勝王経』巻第十捨身品第二十六・平安初期点)。
「敵をたふす」(敵として存在する維持構成力を崩し失わせる)。
「借金を踏みたふす」(債権・債務として存在する維持構成力を崩し失わせる)。
◎「たふれ(倒れ)」(動詞)
「とあひいふれ(程合ひい狂れ)」。「と(程)」は程度を意味する(その項)。「とあひ(程合ひ)」は、程度の合ひ、均衡、バランス、です。「ふれ(狂れ)」は動態に遊離感が生じること(→「ふり(振り)」の項)。「い」は進行感を表現し、持続感を表現する。「とあひいふれ(程合ひ狂れ)→たふれ」は、均衡が遊離に動揺しその崩れへと進行すること。そうなった何かは均衡のない状態となり、力の均衡によって維持されていた全体の存在態様はそれを維持できなくなる。地球上に屹立する線状のものであれば、多くの場合、傾き、その落下態様に従って落下する。「たふれ (倒れ)」・「たふし(倒し)」は自動・他動の関係になる。
「佐那(さな) 此二字以音 葛(かづら)の根(ね)を舂(つ)き、其(そ)の汁(しる)の滑(なめ)を取(と)りて、其(そ)の船(ふね)の中(なか)の簀椅(すばし)に塗(ぬ)りて、蹈(ふ)みて仆(たふ)るべく設(ま)けて」(『古事記』:「簀椅」は「すばし」と読まれている。船の甲板部が一部、簀の子のような状態になり、ここに格の高い者が坐したか。ここが滑りやすくされ、後に、ここにいた者が(意図的に船が傾けられ)海に落ちる)。
「斃 ………多布流 死也」(『和名類聚鈔』牛馬部:これは本書の「牛馬部」にある。つまり、牛馬の死をそう表現した)。
「あながちになどかかづらひまどはば、倒ふるる方に許したまひもしつべかめれど、」(『源氏物語』:「倒ふるる方に」は、倒るること傾く方に、という一種のことわざが前提になっている。傾いた熱心な者がいると人はその傾きに従って倒れてしまう、ということ)。
「大納言立ち返りて、『へいじ倒れ候ひぬ』と申されける」(『平家物語』:これは、この前に瓶子(へいじ:後世の、酒を盃に注ぐ、徳利のようなもの)を狩衣の袖に懸けて引き倒すという出来事があり、「瓶子(へいじ)」と「平氏(へいじ)」がかかっている)。