◎「たなびき(たな引き)」(動詞)
「たなみひき(たな身引き)」。「たな」は「たなぐもり(たな曇り)」「たなぎらひ(たな霧らひ)」のそれ。意味は、全域的であること。「ひき(引き)」は直線的持続的に進行することですが、「たなみひき(たな身引き)→たなびき」は、何かが、その身、その全体全域的に直線的持続的に進行すること。自動表現も他動表現もある。
「冬(ふゆ)なまり(冬不成) 春さり来れば 朝(あした)には 白露置きて 夕(ゆふべ)には 霞(かすみ)たなびく 梅(うめ)の振(ふ)る(汙瑞能振) 木末(こぬれ)が下(した)に 鴬(うぐひす)鳴くも」(万3221:自動表現。「冬不成」は、一般に、原文(西本願寺本)の「不」を「木」に書き変え、「ふゆごもり」(「はる(春)」の枕詞だという)と読まれている。「ふゆごもり」とここでの読み「冬(ふゆ)なまり」にかんしては「ふゆごもり」の項。原文「汙瑞能振」は未読とされたり、風の吹く、や、雨の降る、と読まれたりしていますが、「汙(ウ)」なる「瑞:めでたいしるし」とは、「うめ(梅)」ということでしょう。「汙(ウ)」の字は、紙でもネットでも、一般に「汗(カン)」の字になっている。たしかに、微妙な筆使いや印刷の状態次第でどちらにもなりそうな字ですが、「汙(ウ)」でしょう。現在、国立国会図書館にある「万葉集 : 西本願寺本 巻13」(出版者 竹柏会、出版年月日 昭和8) の冒頭にあるこの歌は「汙(ウ)」に見える)。
「同じき十四日、入道相国(平清盛の出家後の呼び名)いかが思ひなられたりけん、数千騎の軍兵を棚引(たなび)いて都へ帰り入り給ふ由聞えしかば…」(『平家物語』:他動表現)。
◎「たに(谷)」
「とやにゐ(鋭矢に居)」。「と(鋭)」はその項参照。「とやにゐ(鋭矢に居)→たに」は、先の尖った、鋭利な矢に居るような、そのように地形の中に居るような、地形域、の意。鋭角感を感じさせ、直線が折れたような角度感を感じさせた抉(えぐ)れが続くような地形部分です。その地形の中、とりわけ最下部、にいるとそのような印象を受けるということで。表現の仕方は「やつ(谷)」(その項)に似ている。
「…峰(みね)高み 谷(たに:多尓)を深みと 落ちたぎつ 清き河淵(かふち)に」(万4003)。
「溪谷 ……水出山入川……和名太爾」(『和名類聚鈔』)。
◎「だに(壁蝨)」
「てはぬひ(手端縫ひ)」。それが集(たか)り、服を脱ぎそれを取っている様子が手の指先で布を縫っているように見えることによる名。虫の一種の名であるが、それが集(たか)りさされると執拗に痒くなったり炎症が起こったりする。古くは「たに」と清音でも言われている。
「蜹 ……和名太仁 今有小虫善齧人謂之含毒即是(今の、人を好んで噛み有毒と言われる小虫)」(『和名類聚鈔』)。