◎「だし(出し)」(動詞)
「いだし(出だし)」の「い」の退化。「いだし(出だし)」は「いで(出で)」(下記再記)の他動表現。「いで(出で)」の意に応じて、現出させ、と、去らせ、の意がある。「ここの支払いは俺が払(だ)す」「手紙を投函(だ)す」といった表記も希にはありますが、漢字表記はほとんとすべて「出し」。
「ポケットから手をだす」(現出させる)、「声をだす」、「元気をだす」、「本をだす」(戸棚などからではなく、出版する、の意)、「店をだす」(店を現出させる)、「(思いを)顔にだす」、「歩きだす」(歩くという動態を出現させる)、「作りだす」(何かを作り出現させる)、「船をだす」(去らせる)、「手紙をだす」、「膿(うみ)をだす」(去らせる)、「追いだす」(去らせる)、「謝(あやま)ればそこからだしてやる」(去らせる)。「(ともに飲み食いし)ここの支払いは俺が払(だ)す」は、去らせる、の意でしょう。俺が負担する、ということ。
◎「いだし(い出し)」(動詞)・再記
「いで(出で)」の他動表現。い出る状態にすること。これは「い」が脱落して「だし(出し)」になる。「いで(出で)」の意味の違いに応じて(→「いで(出で)」の項(下記再記))二つの意味がある。
「大船を荒海(あるみ)にいだしいます君」(万3582)・「元気を出す」(現す)。
「ちゃう(帳)のうちよりも出(いだ)さずいつきやしなふ」(『竹取物語』)・「その地から人を追い出す」(去らせそこに居ない状態にする)。
◎「いで(出で)」(動詞)・再記
「いつとへ(「いつ」と経)」(A)と「いぬとへ(去ぬと経)」(B)の二種がある。
(A)「いつとへ(「いつ」と経)」の「いつ」は進行を表現する動詞(その連体形ということになる)→「いたり(至り)」の項(下記)。「と」は助詞。「いつとへ(「いつ」と経)」は動態が進行した経過にあることを表現し、「いつ」の「い」による進行の「つ」のT音による思念的確認、その到達的確認、は出現となり、これにより「いで(出で)」は「あらはれ(現れ)」と同じような意味になる。「かかる人も世にいで」。「舞台にで(出)」。「言(こと)にいでて」(言葉に現れて:これは、言葉に表して、という他動表現ではない)。「宝をいで」といった表現もありますが、これは助詞の「を」が、目的ではなく、状態を表現している。「言ひ出(い)で」、「取り出(い)で」、「染め出(い)で」といった表現もありますが、この「いで」も自動表現であり、それを客観的な立場から表現すると「言ひ出(だ)し」、「取り出(だ)し」、「染め出(だ)し」という意味になる。
「あしひきの山よりいづる月待つと」(万3002)。「お前にいづるに」(『源氏物語』)。
(B)「いぬとへ(去ぬと経)」は遠心的に動態が進行経過にあること、離れ、去り、いなくなる動態の進行経過にあること、を表現する。「ますらをの靫(ゆき:矢を入れて背に負う道具)取り負ひていでていけば別れを惜しみ嘆きけむ妻」(万4332)。「いで給ひて法師になり」(『栄花物語』:家や世を離れるような状態になり出家した)。「部屋をで(出)」。
この「いで(出で)」は「い」が無音化し、「海へいで」ではなく「海へで」といった言い方がなされ、動詞「で(出)」が評価される状態になる。「ほ(穂)にでし君が見えぬこのころ」(万3506)。それでも終止形は「いづる」でしょうけれど(→「色にづなゆめ」(万3376:色にでるな))、やがてそれも「でる(出る)」になる(「づ」にはならない(それでは意味不明になる)。これは(少なくとも音表現として表面的には)活用語尾だけが動詞になる珍しい例です(「い」の進行感は表面に現れなくても伝わるということか)。語幹と活用語尾が一体化した例としては「くゑ(蹴ゑ)→け(蹴)」がありますが、それとも異なる。
この「いで(出で)」の他動表現は「いだし(出し)」ですが、これも「い」が無音化し「だし(出し)」になる。
◎「いたり(至り)」(動詞)
進行感を表現する「い」による「いつ」という動詞があったと思われる。「い」は進行感を表現し、「つ」はそれを思念的に確認する(同動感を表現する→「つ(助動)」の項)。この動詞により「いと(甚)」、「いたり(至り)」、「いたし(致し)」(「いたり(至り)」の他動表現)、「いちじるし(著し)」、「いちはやし(いち速し)・いち早く」等の言葉が生じている。動詞「いつ」は情況の進行、程度の進行を表現し、進行に同動的(客観的にある状況と主観的な認めが同動する)完了感 (確認的結了感)を生じさせる。究極まで、極限まで、行きつくことに完了感が生じる。その「いつ」の自発動態が「いち」、何かを極限まで進行させるその他動態が「いて」、その「いて」が有るという動態のその自動態が「いたり」。活用語尾K音の同じような変化として「いき(生き)」(自動)、「いけ(活け)」(他動)、「いかり(生かり)」(自動)、「いかし(生かし)」(他動)がある。この「いたり(至り)」は「いたし(致し)」と自動・他動の関係にある。「いたり(至り)」は、極限・究極まで進行する情況になること。「遠くして雲居(くもゐ)に見ゆる妹(いも)が家(へ)にいつかいたらむ歩め黒駒(くろこま)」(万3441:本文細注の方の歌)。