◎「たがひ(違ひ)」(動詞)
「たわきはひ(た分き這ひ)」。「た」は「た忘れ」(万392)や「たやすい(た安い)」などにあるそれであり、経験限度を超えている状態にあることを意味する(→「た」の項)。「わき(分き)」は、他動表現ですが、客観的主体の自動を表現する「わけ(分け)」であっても問題ない。「~にたがひ」や「声たがひ」といった言い方をしますが、自動表現と考えた方が意味はわかりやすい。「はひ(這ひ)」は動態が情況化すること。「たわきはひ(た分き這ひ)→たがひ」は、まったく分かれた(分けられた)情況になっていること。事象が、分かれた、分けられた、異なった、別の、事象になっている。漢字表記はいくつかありますが、「爽」と書くものもある。「爽」は、明、であり、違いがあきらかになるという意味。爽(さは)やか、という意味ではない。
意味は「ちがひ(違ひ)」に似ていますが、「ちがひ(違ひ)」は動態の目標や方向が異なり、同動しないこと。
「『諸家の賷(もた)る帝紀及び本辭旣(すで)に、正實に違(たが)ひ、多く虚偽を加ふ』」(『古事記』序)。
「『……(他の見方で言えば乱れ憂ふることがあるやもしれない。しかし)朝廷(おほやけ)のかためとなりて、天の下助(たす)くる方にて見れば、またその相(サウ:人相判断のその内容)たがふべし』」(『源氏物語』)。
「駿河の海おし辺(へ)に生ふる浜つづら汝(いまし)を頼み母に違ひぬ(たがひぬ:多我比奴)」(万3359:「浜つづら~」は、末永く、ということ。「おし辺(へ)」は磯辺(いそべ)のことらしい。「おほいしへ(大石辺)」か)。
「己(おの)が緒(を)を 盗(ぬす)み領(し)せむと 後戸(しりつと)よ い行(ゆ)きたがひ(多賀比) 前戸(まへつと)よ い行(ゆ)きたがひ(多賀比) 窺(うかがは)く 知(し)らにと」(『古事記』歌謡23:前の戸から行っても後ろの戸から行っても動態はことなり見つからないようにし、ということでしょう)。
◎「たがひに(互ひに)」
「たかひに(た交ひに)」。「た」は経験限度を超えている状態にあることを意味する(→「た」の項)。「かひ(交ひ)」は相互に交流関係をもって、交感関係を維持しつつ、なにかの動態があることが表現される→「かひ(交ひ・換ひ・買ひ)」の項。「たかひに(た交ひに)→たがひに」は、個を超越した全くの交流関係、交感関係を維持しつつのなにかの動態にあることが表現される。この表現は、漢文訓読の世界から生まれた漢文訓読系の語。二者があり、一方が他方へ、他方がまた一方へ、また一歩がまた他方へ…という動態関係は漢文訓読系の表現でなければ「かたみに(片廻に)」と言う。
「たがひ(違ひ)」による「たがひに」(別に)という表現もある。
「互(タガヒ)に相(あ)ひ讒(しこ)ち諂(へつら)ひ枉(ま)げて辜(つみ)無きに及(およ)ぼさむ」(『金光明最勝王経』:「讒(しこ)ち」は、事実ではないことを言い人を貶(おとし)めたりすること)。