◎「そめ(染め)」(動詞)
「そみ(染み)」の他動表現。「こみ(混み):自」・「こめ(込め):他」、「しみ(染み):自」・「しめ(染め):他」その他のような変化。「そみ(染み)」はその項(8月23日)。水の流れになったような動態にさせること。「Aを赤くそめ」は、Aを水が流れひろがるように赤くする。
「色深く背なが衣は染めましをみ坂給(たば)らばまさやかに見む」(万4424:「御坂(みさか)を給(たま)はる」にかんしては、万4372に「足柄の み坂給はり 返り見ず 我れは越え行く」という歌があり、軍務に向かうこと。これは防人へ行く男にあてた歌。「染めましを」の「を」は詠嘆を表現するそれであり→「を(助)」の項、染めるのだ…、染めよう…、のような詠嘆)。
「まして、いはけなくおはせしほどより見たてまつりそめてし人びとなれば、たとしへなき御ありさまをいみじと思ふ」(『源氏物語』:幼いころからお世話してきた女房なので、ということであり、これは「初(そ)め」ではない)。
「白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちちにそむらむ」(『古今集』)。
「Aをそめ」は、Aが何事かの特性たる色に染まるような状態になる。「心をそめ」。「Aに心をそめ」は、心がAで染まった状態になる。「とにかくに心を染めけむ(その人への思いで心が染まった状態になったこと)だに悔しく」(『源氏物語』)。
「思ひそめ」、「乱れそめ」、「見そめ」のような、「~そめ」(~は動態)はその動態の柄(がら)に染まったような状態になる。ただし「初(そ)め」(その項)による「~そめ」もありうる。「みだれ染(そ)め」は全体的に「みだれ」という動態が浸透し流れていくような状態になる。「みだれ初(そ)め」は乱れが始まる。
「手をそめ」は、手が、あることがらの色になるような状態になるわけであるが、手はさまざまなこと(仕事や事業)をする部位であり、この表現は、染めていなかったそれを染めたということ、すなわち、なにごとかを始めた、という印象の強い表現になる。
◎「そめ(初め)」(動詞)
「そもえ(そ萌え)」。「そ」は指し示し、そして強調。それにより指し示され強調された動態が「もえ(萌え)」る(発芽するように成長を得る)。
「なかなかに黙(もだ)もあらましを何すとか相(あひ)見そめけむ(見始兼)遂げざらまくに」(万612)。
「霍公鳥(ほととぎす)今来鳴きそむ(曾無)あやめ草かづらくまでに離(か)るる日あらめや」(万4175)。
「忍ぶれど涙こぼれそめぬれば…」(『源氏物語』「帚木」:これは、文意から言って、「そめ(染め)」ではなく「そめ(初め)」でしょう)。
「春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり(開始爾家里)」(万1869:これも「そめ(初め)」でしょう)。
「世のみだれそめける根本は」(『平家物語』:これは「そめ(染め)」とも「そめ(初め)」ともとれる表現なのですが、その発生原因を考えているわけですから、「そめ(初め)」でしょう)。
「かきぞめ(書き初め)」「おくひぞめ(お食ひ初め)」といった場合は「そ」が濁音化する。