「伊香保ろのそひの榛原(はりはら)我が衣(きぬ)に着きよらしもよひたへと思へば」(万3435)という歌がある。「其の岳の北南に馬を打上て、岳の上より南の添(そひ)を下様に趣けたり」(『今昔物語』:「北南一本北面ニ作ル」と書かれる)という一文もある。これらから、この「そひ」は(山などの)斜面を意味するとする説もある(漢字表記で「岨」などと書かれつつそうした項目が設けられる辞書もある)。しかし、これは「そひ(沿ひ)」でしょう(「そひ(添ひ)」ではない)。この「そひ(沿ひ)」が、同動すること(「そひ(沿ひ)」の項)、ではなく、その連用形が名詞化し、同動域を表現する。「伊香保ろのそひ」(「ろ」にかんしてはその項)は、昔は道路などなかったわけですが、人々が伊香保へ行くと一般に進行する(通行に同動する)そのあたりの域。『今昔物語』における「南のそひ」は、人々が岳の上から降(くだ)るさい一般に進行するその域。ちなみに、上記万3435における「よらし」は、幸運にある、のような意(→その項)。「も」は詠嘆。「ひたへ」は、ともに暮らす、のような意(→その項)。

 

・そのほか、「さぶらひ(候ひ)→さうらひ」(命令形)が慣用的に変化した「そひ」もある。「ら」が退行化したわけです。

「『舅殿御聞きそい』『ハァ』」(「狂言」『夷毘沙門』:お聞きなさって、のような言い方)。

この語は、一般に、「さうらへ」という命令形の変化と言われるわけですが、連用形が軽い命令になっているということでしょう。