◎「せばし(狭し)」(形ク)
「せば」は「せへま(狭辺間)」。「せ」は障害感を表現するそれ(→「せ(狭)」の項・6月3日)。「へ(辺)」は独立した経験進行域を、独立した動態進行域を表現する(→「へ(辺・方・重)」の項)。「ま(間)」は空虚感のある域(→「ま(間)」の項)。すなわち「せへま(せ辺間)→せば」は、障碍感のある独立した動態進行域たる空虚感のある域。つまり、動態的進行的障碍感のある域、ということなのですが、この域は空間的域にかんしても言い、時空経験域、社会的経験や人柄の印象に関しても言う。意味は「せまし(狭し)」によく似ている。「せば」を二音重ねた「せばせばし」というシク活用の形容詞もある。
「今(いま)敵(あた)の妄(みだり)に來(き)たらざる所以(ゆゑ)は、…………山(やま)峻高(さが)しくして谿(たに)隘(せば)ければ、守(まも)り易(やす)くして攻(せ)め難(がた)きが故(ゆゑ)なり」(『日本書紀』:物的空間域、地形、にかんして言っている)。
「隘 ……セバシ」「狭 ……セバシ」(『類聚名義抄』)。
「いづ方の恨みをも負はじ、など、下に思ひ構ふる心をも知りたまはで(どちらの恨みもけして負わない…と、心の中で思いもうけているその心も知らず)、心せばくとりなしたまふもをかしけれど(心せばい印象を抱くのもをかしいが)」(『源氏物語』:人の思いや考えにかんして言っている)。
「墨のいと黒う、薄く、くだりせばに、裏表(うらうへ)かきみだりたるを」(『枕草子』:これは語幹だけの「せば」の例。書かれた文字列が狭い印象)。
◎「せばめ(狭め)」(動詞)
「せば」(「せばし(狭し)」の語幹にあるそれ(その項))の動詞化。意味は、意思的に、動態的進行的障碍感を生じさせること。たとえば、対象A・Bの間(あひだ)をせばめ、の場合、両者を空間的に接近させればさせるほどAの自由活動域はBによって、Bの自由活動域はAによって、障碍を受ける。対象Aをせばめ、の場合、Aの自由活動域に障碍を生じさせる。これは物的によりもむしろ社会的に言われ、さまざまな方法により社会的に活動しにくくしたり経済的に生活しにくくしたりする。
「紫緋、城邑に滿つ。居、側(かたはら)に逼(セバム)」(『唐大和上東征伝』:「居逼側」は住居が密集しているということでしょう)。
「『…然れども、君(頼朝は祐経(すけつね)を)不便(ふびん)の者に思し召され、(祐経(すけつね)が)先祖の所領(しよりやう)拝領(はいりやう)の上(うへ)は(拝領したので)、(曽我兄弟は)祐経(すけつね)に狭(せば)められ、(いろいろと恨みに)思ひながらぞ候ふらん。(しかし)彼がこの頃(今の)分限にて、祐経(すけつね)に思ひかからんは、蟷螂(たうろう)が斧を取りて、隆車(りうしや)に向かひ、蜘蛛(ちちゆう)が網を張りて、鳳凰(ほうわう)を待つ風情なり。哀(あは)れなる』とぞ申(まう)しける」(『曽我物語』:名誉その他、社会的にも経済的にも障碍をうけた)。