「ずにすむは(~ずに済むは)」。何かをせずに終わっているもの・ことは、何かが無い状態になっているもの・ことは、の意。「例にあらずんば見ることなかれ」(例に無い状態になっているものは見てはならない)。これは、平安末期から鎌倉時代ころに、特に漢文訓読系の世界で現れた表現です。この表現は変化し「ずば」になりますが、『万葉集』などにある「ずは」(4月30日)とは発生的に関係の無い表現です。この「ずんば」は「ずば」になりつつ、元来は、何かで無いままのものは、何かをしないままでいることは、の意なのですが、何かをしないならば、という意味でも用いられていく。「雉も鳴かずば打たれまい」(雉も鳴かなければ)、「腰が抜けてえ立たずば引ずり出さん」(腰が抜けて立たないなら)。この最後の例の状態になるとそれはもはや「ば」だけで仮定が表現されており、これが形容詞に転用されると「それ程名残おしくば誓紙書かぬがよい」「命が惜しくば…」といった表現になる。
「ここに利益の地を頼まずんばいかんが(いかにか)歩みを険難の路に運ばん 権現の徳を仰がずんば何ぞ必ずしも幽遠の境にましまさん」(『平家物語』:「必ずしも」は「必ずしも~ではない」という否定をともなう表現が多いですが、常に否定をともなうわけではなく、その場合は「必ずしも」は単に「必ず」の強意になる。この『平家物語』の例では、どうして疑問、それによる不安、なく幽遠の境にいることができようか、と反語の強意になっている)。