◎「すべり(滑り)」(動詞)
「しゆまへり(為ゆ舞へり)」。「ゆ」は(経過を表現する)助詞。「まへり(舞へり)」は動詞「まひ(舞ひ)」に完了の助動詞「り」がついた表現の独律動詞化(「まひ(舞ひ)」の活用語尾がなぜE音化するのかにかんしては「り(助動)」の項)。何かをして(たとえば歩いて)舞ふような状態になること。物体感の摩擦抵抗が極めて弱く、その物体の一方に力が加わりほとんど抵抗なく移動すること、すなわち、接触しつつほとんど抵抗なく移動することであるが、基本意は、歩行の際に足と地の関係がそうなったことによるものでしょう。それにより歩行している人がある瞬間浮き舞うような状態になる。摩擦抵抗感が希薄、あるいは、ほとんどない、状態を表現する「すべすべ」はこの語の語幹によるもの。
「寄りて(髪を)ひきのべて、すそ(髪の末端)うちやりたるに、まことに、おくれたる筋(すぢ)なしとはこれをいふにやと見えて、取る手もすべるつや、筋(すぢ)の美しさなどの、齋院の御髪(みぐし)にいとよく似たまへり」(『狭衣物語』(1100年頃))。
「幽玄なる詞はさはさはすべすべときこゆる也」(『十問最秘抄』(1383年))。
◎「すべし(滑し)」(動詞)
「すべり(滑り)」の他動表現。滑らせること。
「『見だに向きたまへかし』と、心やましうつらくて、(源氏が)引き寄せたまへるに、(藤壺の宮が)御衣をすべし置きてゐざりのきたまふに、心にもあらず、御髪の取り添へられたりければ…」(『源氏物語』)。
◎「すべらかし(滑らかし)」(動詞)
「すべり(滑り)」に「おびやかし(脅かし)」その他にあるような「かし」がついたもの。「かし」は下記再記。「すべり(滑り)」を発生させる情況になること。「おすべらかし」(宮中に仕える女性の髪形。近世の語)。
◎(再記)「かし」
「おびやかし(脅かし)」などの「~かし」。
「わかし(湧かし)」。「わき(沸き・湧き)」の他動表現。その「わ」のW音の退行化。これが沸き上がらせるように動態を発生させることを表現する。「おびえ(怯え)→おびえわかし→おびやかし(脅かし)」。この「~かし」による表現は多数ある(つまり、それらの語の語源に関しそのつど登場する語源です)。たとえば「すべらかし(滑らかし)」、「ちらかし(散らかし)」、「ひやかし(冷やかし)」、「やらかし」、「しでかし」、「たぶらかし」、「はぐらかし」、「はしらかし(走らかし)」。「でかし」(できわかし(出来沸かし:でかかし→でかし)。「蕨(わらび)を早うでかさうとて」。「でかした」。疲れさせるという意味の「つからかし(疲らかし)」という表現もある。「みせびらかし」もある(その項参照)。「わらひ沸かし(笑ひわかし)→わらわかし→わらかし」という表現は特に後世大阪で俗語的に用いられている。「おどろかし(驚かし)」「うごかし(動かし)」などは、「いに(去に)→いなし」「くち(朽ち)→くたし」などと同じように、それぞれ「おどろき(驚き)」「うごき(動き)」の使役型他動表現。他動表現は客観的な他へ働きかける動態ですが、使役型他動表現とは、他に何かをさせる、という類型の他動表現。
「その誦経の文には『なほ思ひの罪のがらかし給へ』と」(『宇津保物語』:逃らかし)。
「脛(はぎ)を布のはししてひきめぐらかしたる者ども」(『蜻蛉日記』)。