◎「すず(鈴)」
「しふしゆ(為節揺)」。「し(為)」は動態表現。「ふし(節)」は機会を意味する→「ふし(節)」の項。「しふし(為節)」は何かをする機会、その折。「ゆ(揺)」は動詞「ゆり(揺り)」にあるそれであり、構成力の弛緩、動揺を表現する。「しふしゆ(為節揺)→すず」は、何かをする機会に、何かをする度(たび)に、揺れるもの、の意。それが揺れることにより発する音(ね)により環境が揺れる(動揺し影響を与える)という意味合いもあるのでしょう。多くは金属製の、一部に線状の裂け目のある、内部が空洞の球状のものに金属の玉などが入り、全体が動くと音が鳴る(一般に「鈴」と書く)。古くは、円錐状・釣鐘(つりがね)状のもので内側に振り子運動する舌(ゼツ)と呼ばれるものを吊るし、全体が動くとこれが周囲に打ち触れ音が鳴るもの(一般に「鐸」と書く)も「すず」と言ったようですが、これは、後世では、大きいものは「かね(鐘)」(寺の鐘(かね))、小さいものは「りん(鈴)」(風鈴(ふうりん))と言うようになっていく。古くは「ぬりて」(略され「ぬて」)という語もある。これは「ねいふりて(音い振り手)」(「い」は動態の持続を表現する)。音を現すもの。
「布(ぬの)を白(しろ)き犬(いぬ)に縶(か)け、鈴(すず)を著(つ)けて」(『古事記』)。
「さぶるこが斎(いつ)きし殿(との)に鈴(すず:須受)掛(か)けぬ早馬(はゆま)下れり里もとどろに」(万4110:「さぶるこ」は、古代において、遊興的なことをしている女。ある男がその「さぶるこ」と浮気し家に帰らなくなり、この歌の前にある大伴家持による万4106-09の歌に励まされたのだろう、妻が夫のもとへ急襲した情景が「早馬(はゆま)下れり里もとどろに」。「掛(か)けぬ」の「ぬ」は否定であり、非公式の駅馬ということか。まるで文を伝える使者のように、家持の歌を夫の目の前で歌い上げるために行ったのかもしれない。ちなみに、「との(殿)」は建造物を意味する。のちにはそこに住む人を意味するようになり、『万葉集』にもそうした用い方のような「との」はありますが、一般的とは思われない(東国の歌にそうした用い方がある))。
「鈴 陸詞切韻云鈴 音靈 以鐘而小楊氏漢語鈔云鈴子 須須 三禮圖云鐸 音澤 令之鈴其匡以銅爲也」(『和名類聚鈔』)。
◎「ずず(数珠)」
「ジュジュ(誦珠:「誦」の「ジュ」は呉音。「珠」の「ジュ」は慣用)」。)誦(とな)える珠(たま)、の意。経文を唱える際に用いる珠(たま)、ということ。輪状の糸に幾つもの小玉が糸に貫かれ連なっている。念仏などの際、これを手に玉を爪ぐりその回数を知る。「ずじゅ」「じゅず」とも言う。漢字表記は「数珠、珠数、誦数、誦珠」といった書き方をする。奈良時代(700年代)の法隆寺の資財帳にも「誦数」という記録はあり、相当に古くからあるもの。
「すすの(数珠の)けうそくに(脇息に)ひきならさるる(引き鳴らさるる)をと(音)ほのきこえ(ほの聞こえ)」(『源氏物語』)。
「『……』と遊ばいて(千手経を打ち上げ遊ばして)皆水晶の御数珠を押し揉ませ給へば…」(『平家物語』)。
「念珠 内典有念珠経 今案念珠一云數珠見千手経」(『和名類聚鈔』:古くから「念珠」と呼ばれる仏具があり、『数珠功徳経』(710年)その他、それに関する経典もある。もともとは念仏などを唱えた回数を記録するものではなかったらしい。「千手経」の正式名は「千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經」であり、そこに見られる「數珠」とは「若爲十方諸佛速來授手者 當於數珠手」といった経文でのこと。つまり、「數珠」には諸仏をもたらす効果があったらしい)。