「すきいえばえ(好き癒え映え)」。「すき(好き)」の「いえ(癒え)」が「はえ(映え)」ている、ということなのですが、どういうことかと言うと、「すき(好き)」とはこの場合は男と女のこと、色事、とりわけ性的なこと、に惹かれていることであり、その方面の衝動の昂進は心身の不安のたかまりや緊張も生じさせ、その安堵・癒えを想望していることが人の状態や動態に反映として現れている、ということです。つまり、たかまる欲動をしづめ平安・安堵を得たがっている。それが「すきいえばえ(好き癒え映え)→すけべ」。この「すけべ」に、淫(みだ)らであることを表現する「イン(淫)」がついて「すけべイン→すけべい」。この語が、男の名によくある「~べい(平)」とも受け取られ、やはり名にある「~べゑ(~兵衛)」がつき、あいつは~兵衛だ、と人の名のように言われ「すけべゑ」。この「すけべゑ」は男が言われるようですが、「すけべ」自体は特に男を言うわけではなく、むしろ女を言う傾向の方が強かったのではなかろうか。その「はえ(映え)」とはその化粧やみなりに、とくに、ある程度、ときにはそうとう、年齢のいった女のそれ、が目についたということではなかろうか。後世では、男をいうことの方が圧倒的に多いでしょうし、過剰に性的なことに興味や関心がひかれていることをいう。「すけべ根性」という語もありますが、これは「すけべ」が男にかんし言われ、愛も恋もなくそれが色々な女に関心を寄せるように、そのことが身につくわけでもなくさまざまなことに手を出したがる気の多い性格であることをいう。
「スケベの御新造 鬢(びん)へ梅干いざつとる」(「雑俳」『指使編』:「鬢(びん)」はこめかみあたりの髪の毛であり、こめかみに梅干しを張ることは頭痛の民間療法。体調の不調と偏頭痛が起こっているわけです)。
「所めなれぬ風俗みれば、髪を切たる若後家、すけべいらしいめもと…」(「浄瑠璃」『信田小太郎』)。
「夫義朝(よしとも)の白骨迄(まで)踏(ふみ)たゝく敵の手かけ妾(めかけ)と成(なる)様(やう)な、すけべいの徒者(いたづらもの)と、此あづまやくらべらるゝも口惜しや」(「浄瑠璃」『平家女護島』)。
「『……あんまりべたべたと化粧したのも、助兵衛らしくしつつこくて見つともないよ』……」(「滑稽本」『浮世風呂』:これは女湯で女が女に関して言っている)。
「『同し兵衛(べゑ)でも少の事で、助兵衛でなふて仕合(しあはせ)でござります』」(「浄瑠璃」『神霊矢口渡』:これは仇名(あだな)で「江戸兵衛」と呼ばれた芸子(女)を言っている)。
「是からすけべへと戸塚へつかを立て」(「雑俳」『柳多留』:江戸時代、戸塚には有名な「きんたま乞食」(→「きんたま(男性性器)」の項・2021年9月12日)なるものがおり、その巨(おお)きな「きんたま」にあやかりたいということでしょう。これは男が男を言っている句)。