◎「すき(好き)」

「すふき(巣葺き)」。「ふ」の消音化。巣(す)を葺(ふ)く。「す(巣)」は独立した生活施設であり(→「す(巣)」の項・2023年2月21日)、「ふき(葺き)」は屋根を覆うことを意味し、「すふき(巣葺き)→すき」は、独立した生活施設を覆う、ということであり、これはその独立した生活施設に閉じこもること、独立した生活域に閉じこもり暮らすこと、を意味する。そこに閉じこもり暮らすことが安堵しここちよいのです。「Aをすく」(「を」は、原意的には、目的ではなく、状態を表現する)や「Aにすく」と言った場合、Aは様々なものやことがありうるわけですが、もっとも一般的には、男が女を、女が男を思うこと、すなわち恋心に関することが言われる。歴史的・文化的には、歌のこと、すなわち和歌が、さらには、茶のこと、すなわち茶の湯が、巣となりそこにこもり暮らすことが心地よいことが「すき」と言われる。

建築に「すきやづくり(数寄屋造・好き屋造)」という表現がある。「すきや(好き屋)」は、自分がそこで生活したいと思う造りの家ということであり、この表現自体は一定の様式は要求していませんが、事実としてどのような家が現れているかというと、ここでの「すき(好き)」は原意としては茶の湯の「すき(好き:数寄、とも書く)」であり、公家の書院造(ショインづくり)のような、たとえば権威的な四角柱が立つような、権威感が感じられるものではなく、武家の邸宅のように合戦が考えられているものでもなく、自然が感じられる丸柱がたつような、そして落ち着いた解放感のある、家です。権威的家を造り得るものがそこから解放された住み心地の良い造りをしたことにより現れた建築様式ということでしよう。「Suqiya(スキヤ). i. Cozaxiqi(こざしき). Vna casilla pequeña, y muy limpia qes el propio lugar del Chanoyu(小さくとてもきれいな箱のような茶の湯の場所、といったような意味でしょう)」(『日葡辞書』(1603-4年))。

 

「昔の人はかくすける物思ひをなんしける」(『伊勢物語』四十段:この「物思ひ」はあるありきたりな男があるありきたりな女を思っている)。

「なほ、かく独りおはしまして、世の中に、好いたまへる御名のやうやう(少しづつ)聞こゆる、なほ、いと悪しきことなり」(『源氏物語』「総角」:独り身でいて、世の中に「好いたまへる御名のやうやう(少しづつ)聞こゆる」ということなのですが、「好いたまへる御名((なににごとかが)お好きな名(評判))」とはどういう名(評判)かというと、夢のような趣味に心を奪われ(この場合は、そうした夢のような趣味に心を奪われるように恋の世界に生き、その美しい巣にとじこもるように暮らし)、生活に実直な安定感がない人、という評判です)。

「好(す)いたる人は、心からやすかるまじきわざなりけり。今は何につけてか心をも乱らまし。似げなき恋のつまなりや」(『源氏物語』「真木柱」:最後の「つまなりや」に関しては、この一文のあと主人公は琴をかき鳴らすわけであり、「妻也(つまなり)」と「爪鳴(つまな)り」がかかっているということか)。

「昔、連歌師の宗祇法師の此所にましまし、歌道のはやりしとき貧しき木薬屋に好(スケ)る人有りて各々を招き二階座敷にて興行せられしに…」(「浮世草子」『日本永代蔵』:この「好(スケ)る人」は連歌の趣味のある人)。

「むかしはすきといへは歌の事に人の心え侍り………然るを今茶の湯をおし出して数寄といふは歌道の世にすたれたるゆへなり」(『戴恩記』(1641~45年頃))。

後世では「Aをすき」という言い方が一般的になっていきますが、古くは「Aにすき」という言い方もあった。「善人ハ善ニスキ、悪人ハ悪ニスクヘシ」(『妻鏡』)。 「連歌にすき」、「狩にすき」、「茶の湯にすき」、「戦(いくさ)にすき」、「甘藷にすき」(甘藷(カンショ:さつまいも)に特別に嗜好がひかれている)…。

「かつ姫は御覧じ。『……酒を好いて飲まうならば、あの様に酔うたがよささうな。………………好いた男ぢや。あの酒の酔を内へ呼べ。近附にならう』」(「歌舞伎」『傾城壬生大念仏』:この「好いた男ぢや」は、文面からは、ほんとうに酒好きと言える男だ、という意味にも、心地よさを感じる好ましい男だ、という意味にもとれるのですが、後者の方が作品の意味は深くなる。これは近松門左衛門の作品)。

「好きこそものの上手なれ」(好きであればこそ、そのものごとが上手になる。嫌いであっては上手にならない)。「下手(へた)の横好き」(「横好き」は、「好(す)き」と「鋤(すき)」をかけ、鋤(すき)は横に動かしても役にたたない→下手の無駄な好き、ということか)。

 

◎「すぎ(杉)」

「すぐゐ(直居)」。「すぐ(直)」はその項。直線的進行感をもって、まっすぐに、あるもの、の意。その形状印象からの名。植物(樹木)の一種の名。

「我が背子を大和へ遣りてまつしだす(麻都之太須)足柄山の杉(すぎ:須疑)の木の間か」(万3363:これは東国の歌。「まつしだす(麻都之太須)」は語義未詳とされる語ですが、待(ま)つ時(しだ)伏(ふ)す、の「ふ」が無音化しているのでしょう。足柄山の杉(すぎ:過ぎ)の木の間に(あなた)を待つという時が伏(ふ)した、特化的に発生しこもったようになってしまった(私は、いつも、杉の木の間に、あなたが去って行った遠くを見るようになった…)、ということ)。

「杉 ………和名須木」(『和名類聚鈔』)。