◎「すかし(透かし)」(動詞)
「すけ(透け)」の他動表現。透けた状態や印象にすること。なぜ活用語尾がA音化し「し」がつくと自動表現が他動表現化するのかというと、A音化によって動態が情況化し、その情況動態を進行させる表現になるから。「とけ(溶け)」「とかし(溶かし)」、「はれ(晴れ)」「はらし(晴らし)」、「もえ(燃え)」「もやし(燃やし)」。
表現の現れ方としては、
・対象に透過感を、空域を、生じさせること→「竹をすかす」(竹のところどころを伐採し竹林の風や光の通りをよくする)。「腹をすかす」(空腹になる)。「五節(ごせち)の局(つぼね:五節の舞姫の控(ひかへ)所)を、日も暮れぬほどに、みなこぼち(毀し崩し)すかして…」(『枕草子』)。「薄紙を透(す)かして見る」。「くもで、かくなは、十文字……八方すかさずきつたりけり」(『平家物語』:対象に空域を生じさせることなく斬った。「くもで、かくなは、十文字」は刀剣操作法の種類。「かくなは」は、斯(か)くの泡(あわ)、であり、あのようにして(このようにして)浮かんだもの、のような意であり、結果、を意味する。そして、ここで、結果、とは縄などを結んだ結果であり、刀剣をその結び目を作るように操作すること。「楊氏漢語抄云結果 形如結緒此間亦有之 今案和名加久乃阿和」(『和名類聚鈔』巻16・飲食部第24・飯餅類第208))。
・対象が環境や動態で、環境を空域としそこを無視したりそこを去ったりしたり、動態の影響を受けなくしたりする→「好かぬ奴ぢやまでい、まづ爰許(ここもと)をすかしまして、上(かみ)の町へ行て買ひませう」(『狂言記』(「ながみつ(長光)」):「までい」は、までに(~だから))。「(空から逆さまに舞い下りてきた女の首が)いきをとめ、のどびにくひつく所を、すかしてさしころし。もはや是までと念佛申」(「浮世草子」『好色一代男』:この「すかして」は、動態の影響を受けなくし、ということですが、身をかわして、のような意。「のどび」は「のどびえ」とも言い、「のどぶえ(喉笛)」と事実上意味は変わらない。「のどぶえ(喉笛)」は、「のどみふえ(喉身笛)」であり、「のどびえ」になりもするということでしょう)。
・時空環境に空域をつくる→「(野球で)ショートがエラーし、すかさず走塁する」。「命も身体も宿に居ながら祈れと、万事にひとつもすかさぬ人のいへり(言へり)」(『西鶴織留』)。
音が発しない状態で放屁することも「すかす」と表現しますが、これも現象を認知透過にする、現象を音声として(すなわち発生源を)認知しない状態にするということ。
◎「すかし(賺し)」(動詞)
「すき(好き)」の使役型他動表現。「すき(好き)」はなにものかやなにごとかが安住の地となることですが、その使役型他動表現とは、なにものかやなにごとかを安住の地とさせる。そこにあることが平安な状態であるようにさせる。それが「すかし」。なにごとかやなにものかへの否定的心情を肯定的に変える、気持ちを変える、否定的思いを肯定的に変動させる→なぐさめる(「なだめすかす」)、なにごとかをするようにしむける、さらには、そのためには相手の気をひくようなことも言い、言いくるめる、だます、といった意味にもなる。「すかせ」という下二段活用もある。
「…と申せば、残りを言はせむとて、『さてさてをかしかりける女かな』と(話の続きを)すかいたまふを、心は得ながら、鼻のわたりおこつきて語りなす」(『源氏物語』:「鼻のわたりおこつきて」は、鼻のあたりを烏滸(をこ:痴(し)れ者)突(つ)きて、であり、頭が悪くて思い出せない、といった様子で鼻のあたりを握った手で、突くように、軽く叩いた、ということか。「をこづき(烏滸づき)」は愚者の様子になることですが、それでは「鼻のわたり」の意味がわからない)。
「(匂宮の)さまざまに語らひたまふ、御さまのをかしき(心惹かれる様子)に(薫は)すかされたてまつりて、げに、心にあまるまで思ひ結ぼほるる(鬱積していた)ことども、すこしづつ(匂宮に)語りきこえたまふそ、こよなく胸のひまあく心地したまふ」(『源氏物語』)。
「夫婦父子共に人に拘引(かういん)せられし程の下愚のものの、人のためにすかされて年月を経し事深く咎むへきにもあらす」(『折たく柴の記』:ここで言う「拘引(かういん)」は、かどはかし(誘拐し)、であり、甘言で同行させること)。