打消しの助動詞「ず」。
・「言はず」などという場合、すなわち文法で打ち消しの助動詞「ず」の終止形と言われる場合、の「~ず」は「~ぬとす」。「ぬ」は喪失感・否定感を表現する。「と」は思念化する(思念的に何かを確認する)助詞の「と」。「す」は動詞「す(為)」。この「~ず」は喪失感・否定感のある動態にあることを表現する。古くは「君に会はずて」(万3777)といった表現もあった。これは「会はずとへ(会はずと経)」(会はずに経過し)。
・「時(とき)わかずなく」(万1982)などという場合、すなわち文法で打ち消しの助動詞「ず」の連用形と言われる場合、の「~ず」は「~じゆ」。「じ」は打ち消しの助動詞と言われる「じ」(「じ(助動)」の項参照)。「ゆ」は経過を表現する助詞の「ゆ」。「時わかず泣く(時わかじゆ泣く)」は、まったく「そのとき」と分別できる状態ではなく、つまり常に、泣く、の意。「~ずあり→ざり」という表現もある(→「そうせざるを得ない」)。また、「心ゆも我(わ)は思はずき(従情毛 我者不念寸)」(万609)という表現が『万葉集』にある(強引に「思はざりき」と読んでいる場合もある)。この歌は「わが故郷(ふるさと)に還(かへ)り来(こ)むとは」と続く。「山河も隔たらなくにかく恋ひむとは」(万601:遠く隔てているわけではないのにこんなに恋しく思うとは)と続く同じ表現もある(万609と601は同じ人の歌)。この「思はずき(不念寸)」は、「思はじゆき(来)」。「ゆ」は助詞(「ゆ(助)」の項参照)。「思はずき」は、思はじ、を経過して来ていること、思わずに今があること、が表現される。すなわち、「思はずき」は、心の底から、思わなかった、の意。心の底から、再び故郷に帰るとは、こんなにあなたを恋しく思うとは、思わなかった、ということ。「見れど飽かずけり」(万4049)「熟(い)寝(ね)かてずけむ」(万497)といった表現(つまり「~ずけり」「~ずけむ」)もある。これは「けり」に「きき(聞き・効き)」の動態が生きていることや「ずき」の「き」が過去回想の助動詞「き」のように作用したことによるもの(→「けり(助動)」「けむ(助動)」の項)。
要するに、否定表現の基本はN音であってZ音ではないということです。他者に向けられた否定は禁止になる→「そのようなことは言ってはならぬ」。
ちなみに、文法では打ち消しの助動詞「ず」は終止形「ず」、連用形「ず」、連体形「ぬ」、已然形「ね」が言われる。これらは活用表に書かれますが、「ず」が活用変化し「ぬ」になったり、「ぬ」が活用変化し「ず」になったりしているわけではありません。