「しひいり(強ひ入り)」。「~いり(入り)」は、驚き入(い)り、などのそれのように、まったく何らかの動態になること。「しひ(強ひ)」は、後世の俗用的な一般的な用い方では、意思Aにかかわらずそれを無視するように意思Bが強行されることを意味しますが、ここでは原意的に、自然の摂理、自然や宇宙の声、神の声たる意思影響下にあることを表現する。「AがBをしる(領る)」場合、AはBにおいてまったく自然の摂理や神の声のような状態になっている。

「汝(な)が御子(みこ)や終(つひ)にしらむ(斯良牟)と雁(かり)は卵(こ)生(む)らし」(『古事記』歌謡73)。

「春宮の御祖父(おほぢ)にて、つひに世の中をしりたまふべき右の大臣(おとど)の御いきほひは、ものにもあらずおされたまへり」(『源氏物語』)。

「この御堂のことは関白殿の御子、院の小式部の内侍といひし人の腹に、木幡の僧正と聞えしがしり給ひしを、うせ給ひしにかば、長谷の法印とて同じ殿の御子しらせ給ふ」(『栄花物語』:この御堂のことは木幡の僧正などが支配・管理している)。

「今は昔、遍照寺僧正寛朝といふ人、仁和寺をもしりければ、仁和寺のやぶれたる所修理せさすとて、番匠ども数多つどひて作りけり」(『宇治拾遺物語』)。

「一國一郡をもしる人は、民をもあはれみ、百姓をもめぐみ、すぐなるまつりごとをおこなふべきことなるに…」(「仮名草子」『浮世物語』)。

「母は継母(けいぼ)、『其惣領には家を渡すまじ。我に跡をしれと夫の遺言なり』といふ。惣領は、眼前の親子たる我をのけ、別に誰が家をしるべきやと怒り…」(『醒酔笑』)。