「しひいめ(強ひ斎め・忌め)」。「いめ(斎め・忌め)」は「いみ(斎み・忌み)」の他動表現。斎む(忌む)状態にすること。「しひ(強ひ)」はその項(2022年12月11日)。「~しひいめ(強ひ斎め)→~しめ」は、「~」の動態が宇宙・自然の摂理であるかのようにこれを忌む状態にすること。この「しめ(終止形、しむ)」は一般に使役の助動詞と言われますが、起こっていることの本質は使役ではありません。それは動態を忌む状態にすることであり、それにより動態に従順になり従順にさせることが使役の印象を与える。また、使役型他動表現とともに用いられ、それにより使役の印象にもなる。たとえば「いひ(言ひ)」なら「いはししひいめ(言はし強ひ斎め)→いはしめ」(使役表現は「いはせ」が一般と言われるわけですが、「いはし」でも可能です)。これが、たとえば「たへ(耐へ)」の場合(つまり下二段活用動詞の場合)、「たへさししひいめ(耐へさし強ひ斎め)」になると思われるのですが、「しし」のS音に吸収されるように「さ」は退行化し「たへししひいめ→たへしめ(耐へしめ)」になる。動詞「み(見)」の場合(つまり上一段活用動詞の場合)も(下二段活用動詞の場合と)同じように「みしめ(見しめ)」になる。つまり、文法において、使役の助動詞「しめ」は動詞の未然形に接続する、と言われる状態になる。ただし、後世、「み(見)」(上一段活用動詞)「え(得)」(下二段活用動詞)の場合、「み(見)」「え(得)」という動態の抽象概念化が成熟し、これに「~しめ」の「~」の部分が漢語である場合(下記)の「せしめ」も影響し、それらにおいては「みせしめ(見せしめ)」「えせしめ(得せしめ)」という表現が生じる(「見せしめ」という表現は江戸時代初期には文献に現れている)。「みせしめ(見せしめ)」は懲(こ)らしめや威嚇のためになにごとかを見せる「みせしめ」という語にもなる。「みせしめ(見せしめ)」にかんしては、他者に「見(み)」の動態を働きかけ生じさせる「みせ(見せ)」という動詞は古代からあるわけですが、これに上記「~しめ」のついた「みせしめ(見せしめ)」は、その他者に、第三者に何かを見せることをさせ、という意味になり、他者に、「み(見)」という動態をさせ、という意味にはならない。後世の「みせしめ」はそういう意味であり、見ることをさせなんらかの影響を生じさせようとする(つまり、後世のそれは、「みさせしひいめ(見させ強ひ斎め)」と同じ意味になる)。
「妹(いも)が手を我に設(ま)かしめ 我が手をば妹(いも)に設(ま)かしめ…」(『日本書紀』歌謡96)。この「まかし(設かし)」は、「まち(待ち)」→「またし(待たし)」のような変化の、「まき(設き)」の使役型他動表現であり、「まく(設く)」動態にすることを表現する。その「まく(設く)動態」に従順にさせることが「まかししひいめ(設かし強ひ斎め)→まかしめ」。妹の手は我に従順になり我の手は妹に従順になる。「こらしめ(懲らしめ)」は「こり(懲り)」が他動表現状態になっている「こらし(懲らし)」に「しめ」がついている。「みしめ(見しめ)」は見ることに従順にさせ(見たもの・見たこと)に斎(い)むような深い心情を生じさせる。
「~しめ」の「~」の部分が漢語である場合、「出家せしめ」のように、「せ」が入る。この「せ」は「しへ(為経)」でしょう。「出家せ(出家しへ(為経))」は出家することが経過する。その経過動態に従順にさせることが「出家せしめ」。この、漢語に「~せしめ」という表現は漢文訓読の世界から生まれた印象の強い表現です。
「布施置きて吾は乞(こ)ひ祈(の)む欺(あざむ)かず直(ただ)に率(ゐ)去(ゆ)きて天路(あまぢ)知らしめ」(万906:これは、幼くして死んだ我が子を、無価値な者として向かず、お見捨てにならず、魂が行く路を苦労なしに行けるように導いてやってください、と神に祈っている。幼い子でよくわからないから、天路(あまぢ)を熟知させてやってください、ということ)。
「復(また)有人(あるひと)は淡路(あはぢ)に侍(はべ)り坐(ま)す人(ひと)を率(ゐ)て来(き)てさらに帝(みかど)と立(たて)て天下(あめのした)を治(をさめ)しめむと念(おもひ)て在人(あるひと)も在(ある)らしとなも念(おもほす)」(『続日本紀』宣命・天平神護元(765)年三月五日:この「治(をさめ)しめ」は、治めさせる、という使役の印象を受けますが、Aを帝(みかど)と立て天下(あめのした)を治(をさ)めそれを宇宙自然の摂理として世に斎(い)ませるだろう、世をそれに従順にさせるだろう、と思っている人も…、と言っている。ちなみに、この宣命は孝謙天皇の重祚たる称徳天皇によるものであり、「淡路(あはぢ)に侍(はべ)り坐(ま)す人(ひと)」は当時淡路島に幽閉状態になっていた淳仁天皇)。
「…梅の 散り過ぐるまで見しめずありける」(万4496:深く感銘を受ける状態にさせずにいた)。
(「漢語+せしめ」)
「便なきこともあらば、重く勘当せしめたまふべきよしなむ、仰せ言(ごと)はべりつれば、いかなる仰せ言にかと(どうなってしまうのかと)、恐れ申しはんべる」(『源氏物語』:「勘当」は、勘(かんが)え当(あ)てる、ということであり、処分を決めること、処罰すること。この「勘当せしめ」は、勘当させる、ではなく、勘当する。これは尊敬表現になっている(下記))。
「まことに出家せしめたてまつりてしになむはべる」(『源氏物語』:出家させた。「てし」の「て」は助詞、「し」はいわゆる過去の助動詞。文は、~てし、になむ、と続く)。
下記にある「感ぜしめ」も漢語+せしめ。
・「~しめ」による動態表現の間接化とそれによる尊敬表現・謙譲表現
「『御前に(中君(なかのきみ)に)詠み申さしめたまへ』」(『源氏物語』:これは届けられた書簡の一部であり、その書簡に和歌が書かれており、その和歌にこの一文が書き添えられていた。「まをし(申し)」は謙譲表現ですが、たんに、申(まを)し、ではなく、これをさせ従順に、ということであり、この表現の間接性はさらに遠慮した謙譲表現となり、さらにそれを「たまへ」(そういう情況を生じさせてくれ)と言っている)。
「御寺に申し文を奉らしめんとなん」(『大鏡』:「たてまつり(奉り) 」は相手を尊敬しこちらを謙譲しという表現になるわけですが、さらに、その「奉(たてまつ)り」がたんに「奉らむ」と奉(たてまつ)ることを直接に表現するのではなく、それをさせそれに従順に、と間接的な表現がなされ、さらに、相手を尊敬しこちらを謙譲し、という表現性が増す)。
「帝大きに驚かせ給ひて、感ぜしめ聞こしめすこと限りなし」(『宇津保物語』:帝が感じ入っていることが「感ぜしめ」と表現されているわけですが、ただ、感じ、と直接に表現するのではなくではなく、感じさせることをしそれに従順に、ということであり、感じることの間接的な表現となり、この表現の間接性が尊敬表現となる。その尊敬表現がさらに「聞こしめす」と尊敬表現化されている)。
「皇太后宮にいかで啓せしめむと思ひはべれど」(『大鏡』:「啓(ケイ)す」は原意は、ひらく、という意味ですが、何かを言い、告げることの間接(それゆえの尊敬)表現。表現を変えれば、申し上げる。その間接表現たる「啓(ケイ)す」が、啓(ケイ)すことをさせそれに従順に、とさらに間接表現されているわけであり、これも上記「感ぜしめ聞こしめす」のような厚い尊敬表現になる)。