「しもえはひ(為燃え灰)」。「もえは」が「ま」になっている。「し(為)」が「もえ(燃え)」「はひ(灰)」になるとは、ことが燃焼し尽くし、ということであり、ことが終わったことと完成したことの双方を意味する。この語が当初は名詞として生まれ、それが動詞化もした。ことが終わった(終わる)とは、たとえば、「この話はこれでおしまひ」「店じまひ」「そんなことをしているとしまひには…」。ことが完成したとは、たとえば、「身じまひを整える」。出しっぱなしにしておかない方がよいものを子供が放置していた場合に親が「ちゃんとしまって(しまひて)おきなさい」は、その物の外的活動を終了させあるべきあり方を完成させる。「~てしまひ」と「~」で動態が表現され、その動態の終局的あり方が表現されることもある。「我慢ならず言ってしまった(言ひてしまひてあり)」「死んでしまへ(死ににてしまへ)」(俗語的表現でしょうけれど、「しまひ」や「しまひつけ」が、殺す、を意味したりもした)。失敗したときの「しまった」は、「(戸などが)閉(し)まった」ではなく、「仕舞(しま)ひてあり→しまったり」の「り」の脱落。「しまったり」とも言う。「やってしまった(やりてしまひてあり)」ということ。「やってしまった」は「やっちまった」になる。

 

「するほどの事が間違ひけれバ、世の中には富(富くじ)で身代をしまふもあるから、さらバこれからつけて見んと、その身は勿論、手代どもまでに言い付、見徳(けんとく)の悪い夢(吉兆予想の悪い夢。縁起の悪い夢)をいくらも買い、無性に札を整へる」(「黄表紙」『莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき)』:これは、金が有り余って困っている男がなんとかその煩わしさから逃れようとする話。ちなみに、題名は回文になっている)。

「美しうかみ(髪)をいふて(結ふて)みじまい(みじまひ)して…」(「歌舞伎」『隅田川続酊俤(すみだがわごにちのおもかげ)』)。

「Ximai, mŏ(マウ), ŏta(ウタ).  ………… ¶ Reiuo(レイヲ) ximŏ(シマウ). Acabar de visitar as pessoas de obrigação(義務としての訪問をしとげる), &c. ¶ Connichi(コンニチ) yo(ヨー) ximŏta(シマウタ), l, yoi(ヨイ) ximaiuoxita(シマイヲシタ):この¶は、今日はうまくいった、のような意味でしょう」(『日葡辞書』:原文において、日本語をアルファベット表記した部分の「o」にはアクサン・シルコンフレクス「^」を逆向きにしたような記号がついおり、似たものを入れた。原語部分のロングエスは通常のsになっている)。