◎「しどろ」

「しでおろ(為出粗)」。「しで(為出)」は行為によって現れた(出た)こと。結果。「おろ(粗)」(2020年12月29日)は完全性がなく、いいかげんなこと。つまり、「しでおろ(為出粗)→しどろ」は、行為の現れ、結果、として起こったことが乱れ無秩序でだらしないこと。

「鎌倉殿仰せられけるは、『勧修坊に尋ね問はんずる座敷には、何処の程かよかるべき』。梶原申しけるは、『御中門の下口辺こそよく候はん』と申しければ、畠山御前に畏まり申されけるは、『…………さすがに勧修坊と申すは、……東大寺の院主にて御座しまし候ふ。………さこそ遠国にて候ふとも、座敷しどろにては、外処(よそ)の聞こえ悪しく存じ候ふ。下口などにての御尋ねには一言も御返事は申され候はじ。只同座の御対面や候ふべからん』と申されたりければ…」(『義経記』:「座敷しどろにては」は、座敷がだらしなくいいかげんでは、座敷にも格があり、その座敷がいいかげんなだらしないものでは、ということでしょう)。

「あさねがみ乱れて恋ぞしどろなる逢ふ由(よし)もがな元結(もとゆひ)にせん」(『後拾遺和歌集』:「元結(もとゆひ)」は髷(まげ)の根を結い束ねる紐ですが、「逢ふ由(よし):理由・根拠」を元結にして束ね直し、やりなおしたいということか)。

 

◎「しどろもどろ」

「しでうろもどりうろ(為出うろ、戻りうろ)」。「しで(為出」は進むこと。「うろ」は動態が完成感のない、不完全な、それゆえに推進力が不活性化しさらには喪失した、動揺した無秩序な不安定なものであること(「うろうろ」の項・2020年8月7日:この「うろ」と上記の「おろ(粗」は母音変化関係にある)。進んでそうなり、戻ってそうなり、という状態であることが「しどろもどろ」。

「中納言しどろもどろに酔(ゑ)ひて、西(にし)の御方におほん送りして…」(『宇津保物語』:「おほん」は「大御(おほみ・おほむ)」の変化であり、「おほん送りして」は現代で言えば、御送りして、ということ)。

「Xidoromodoro(シドロモドロ).  Modo de andar debebados,ou de bomẽs q andão errados sem saber o caminbo(酔っ払いの歩き方や道がわからず迷っている人の様子). Vt.  Xidoromodoroni ayumu(シドロモドロニアユム).」(『日葡辞書』:この訳はあまり正確ではないかもしれない)。