◎「しけ(時化け・不景気け)」(動詞)
「ひしけ」(→その項・下記)の「ひ」の脱落。「ひしけ」の俗化というような表現。「ひしけ」は日が無効化していくこと、かげり暗くなること、を意味する。これは天候が悪化することも意味する(→「時(とき)に忽然(たちまち)にして天陰(ひし)けて雨氷(ひさめ)ふる」(『日本書紀』))。さらには、その「ひ」が無音化した「しけ(時化け)」(動詞)は、日が、明るさや好天が、衰えていく印象となり、それにより海の気象状況が悪化すること、海が荒れること、も意味し(→「なにしろ九月と云へば旧の二八月の八月ですから、太平洋方は暴(し)ける事もありますんだ」(『或る女』有島武郎))、それにより不漁になったり、漁に出られなかったりし、町にも魚などが出回らなくなり、景気がわるいこと(そうした印象であること)も意味し、さらには、人の金銭状況が良くない→けち、といった意味にもなる。漢字表記は「時化」「湿気」といった書き方をする。
この語は動詞「ひしけ」が俗化したような語であり、「ひしけ」という語の前提になっている「しけ(無機能け)」それ自体ではない。その「しけ(無機能け)」は「しけいと(蕪糸・絓絲)」といった語になっている。逆に言えば、古代における動詞「ひしけ」は後世の俗語的な(「しけた野郎だ」などの)この「しけ(時化け・不景気け)」の語頭に「ひ(日)」がついているわけではない。
「Xiqe(シケ), uru(クル), eta(ケタ). Emburulharse, ou toldarseo tempo(不機嫌、または天気を曇らせる). Vt. Tenqiga xiqeta(テンキガ シケタ).」(『日葡辞書』:原文のsは積分記号)。
「『伊勢甚(いせじん)めはしわい(吝い)やつじや。あの男のところへ行って遂(つひ)ぞ何も食(くは)せたことがない』……………(伊勢甚の)女房聴(き)いて『アイサ何ぞ上げたいものじやが(もてなしの食べ物を何かさしあげたいが)、此頃(このごろ)はきつい不漁(しけ)で』と例の食わせぬ挨拶する處(ところ)へ…」(「噺本」『聞上手』)。
◎「ひしけ(天陰け)」
「ひしひひけ(日廃ひ引け)」。「しひ(廃ひ)」は機能が弱まったり無くなったりすること。「ひけ(引け)」は「ひき(引き)」の自動表現。「ひしひひけ(日廃ひ引け)」は日が機能が弱まった引いていく状態になることであり、空が暗くなったり天候・気象状況が悪化したりすることですが、こうした表現が生まれる前提として「しひひけ(廃ひ引け)→しけ(無機能け)」という動詞があったものと思われます。意味は、機能的に無力化していったり、それが社会的無力であれば無価値化・粗末化していくこと。つまり、「ひしけ(天陰け)」は「ひしけ(日無機能け)」。この「しけ(無機能け)」という語により「しけいと(蕪糸・絓絲:無機能け糸)」という語がある。後世、海が荒れることや不景気を意味する「しけ(時化け・不景気け)」はこの「ひしけ(天陰け)」の語頭「ひ」が脱落したその俗化とでもいうような表現。
「時(とき)に忽然(たちまち)にして天陰(ひし)けて雨氷(ひさめ)ふる」(『日本書紀』)。
◎「しけ(蕪)」
動詞「しけ(無機能け)」の連用形(→「ひしけ」の項・上記)。価値的・意味的に無効、あるいは効果の極めて微力な、取るに足らないような、粗末なひどいものであることを表す。「しけいと(蕪糸・絓絲)」(下記)。
この語はシク活用形容詞「しけし(蕪し)」(その項)の語幹ではない。
◎「しけいと(蕪糸・絓絲)」
「しけ」は動詞「しけ(無機能け)」の連用形(→「ひしけ」の項)。粗末な糸。「賤(しづ)のしけ糸」(『金葉和歌集』)。「絓絲 之介以度(しけいと) 悪絲也」(『和名類聚鈔』)。たんに「しけ」とも言う。
◎「しけ(湿け)」(動詞)
「シッけ(湿気)」の動詞化。湿気(シッけ)を帯びた状態になること。「煎餅(センベイ)がしけ」。
つまり、「ひ(日)」「しけ(無機能け)」→「ひしけ(天陰け)」
「しけ(蕪)」は「しけ(無機能け)」:この語は形容詞「しけし(蕪し)」の語幹ではない
「しけ(時化け・不景気け)」は「ひしけ(天陰け)」の「ひ(日)」の脱落
「しけ(湿け)」は「シッけ(湿気)」の動詞化
ということ。
現代、一般的に用いられているのは、俗語的な「しけ(時化け・不景気け)」(「海がしける」「しけた野郎だ」)と「しけ(湿け)」(「煎餅(センベイ)がしける」)。