◎「さしみ(刺身)」
この「さし」は他動表現ではなく、自動表現の「さし」。身を「さす」のではなく、身が「さし」ている。日がさす、の「さ」と同じ。それにより新鮮さその他の日がさすような発生感が表現される。美しくなった身、のような意。生の魚介類などを薄めに切り整えた、料理の一種。素材は一般的には魚介類をもちいますが、歴史的には「茗荷(ミャウガ)のさしみ」や「蒟蒻(コンニャク)のさしみ」という表現もある。「つくりみ(造り身)」や「おつくり(御造り)」とも言う。鯛なら鯛とわかるようにその魚の鰭(ひれ)をさしておくので サシミ という、という語源説もある。
「指身 鯉 イリ酒 ワサヒ 鮒 スシ ナマス カマホコ…」(『鈴鹿家記』応永六(1399)年)六月十日:「イリ酒」は、醤油以前の、それにあたるような調味料。ここに「スシ」とありますが、後世のような握りずしではない(それは江戸時代に生まれた)。ここでは、たぶん、鮒(ふな)の馴れずし。「カマホコ」が魚のすり身を板につけ焼いたものなのか、細い棒にぬり、焼いた、後の竹輪(チクワ)状のものなのかは微妙な問題。ただ、それは焼いたものであって、蒸したものではないでしょう)。
「冷麺居之、鯛指身(サシミ)居之」(『康富記』文安五(1448)年八月十五日)。
◎「さしもぐさ」
「さはししもくさ(醂し霜草)」。醂(さは)した霜草(しもくさ)、ということ。「さはし(醂し)」はその項。「しもくさ(霜草)」に関しては「もぐさ(艾)」の項。すなわち、醂(さは)した(余計な成分を取り除いた)「霜草(しもくさ:よもぎ(蓬))」ということです。蓬(よもぎ)の葉から不用物(ごみ)が取り除かれ、必要な葉裏の毛のようなものが残されたものです。また、この語は蓬(よもぎ)自体の異名にもなっており、艾(もぐさ:これは灸に用いる)の関係で、身を焦がす、や、燃ゆる、などと歌われたりもする。
「かくとだにえやは伊吹(いぶき)のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを」(『後拾遺和歌集』:「かくとだに」は、このようににては?に、ということ。「えやは伊吹(いぶき)の」は、得(え)やは言ふ(言ひ得るか?:言うことを得るや、の倒置表現であり、いわゆる、係り結び)。そして「いぶきやま(伊吹山)」という現存する山の名がかかっている。そして「さしも(「さ」はなにかを指し示し、それしも)」と「さしもぐさ」の「さしも」がかかり、それがくすぶるように燃える)。
◎「さす(叉手)」
「さしはす(挿し斜)」の音変化。「し」は退行化し「さはす」のような音が「さす」になった。「さし(挿し)」は異物介入のそれ(→「さし(差し…)」の項)。「はす」は斜(なな)めです。「さしはす(挿し斜)→さす」は、(相互に)挿入している斜め、ということ。切妻造の家の屋根端で斜めに交叉している材やその部分を言う(その部分を言う、とは、「さす」は構造名であり、そうした構造に用いる部材名でもあるということ)。「さすまた」(武具の一種:先端が斜めに二股に分かれている)という語もある。
「杈首 ……佐須」(『和名類聚鈔』:これは「和名」とは書かれていない。どうも「杈首」の音(オン)として扱われているようです)。