◎「さしずみの(枕詞)」

この語は「くるす(来栖)」にかかる枕詞とも言われる語ですが、「くるす(来栖)」はそれだけで栗の木のある原を意味し、この語がある万970の原文「指進乃」は厳密に言うと、読みも意味もわかっていません。この「指進乃」は「さしふみの」でしょう。「進」の表記に関して言えば、『類聚名義抄』のその字に「フム」の読みはない。「行」や「經(経)」にはある。「ふみ(踏み)」は実践することを意味し、これが事態が進むという意味で「進」と書かれた。「さし」は、指(さ)し(目指し)、でもあり、障(さ)し(障碍を生じさせる)、でもあり、刺(さ)し、でもある。最後の「刺し」は、来栖(くるす)は栗の木があり、油断して歩くと毬(いが)を踏むから。「さしふみの」の「ふみ」は「踏(ふ)み」でもあり「践(ふ)み(実践する)」でもある。つまり、目指して進むことと、用心し、不安になり、ためらいつつ、ためらいつつ、進むことが融合しているような表現なのです。万970の歌は「指進乃 粟栖乃小野之 芽花 将落時爾之 行而手向六:さしふみの栗栖(くるす)の小野の萩(はぎ)の花散らむ時にし行きて手向けむ」というものですが、なぜ、萩(はぎ)の、あの火炎のような赤い花が危険が潜む来栖に、栗の原に、あるのかというと、この歌は大伴旅人(たびと:大伴家持の父親)の死の年の歌であり、たぶん彼は病床にあり、死を予感していたのでしょう。燃えるようなあの赤い花のところへ、行くのはこわい、しかし、行かねばならない…そういうことなのです。最後の「手向けむ」は、死への、墓処への、手向けとなるだろう、ということ。だから、花の盛りに、ではなく、散るらむときに、なのです。これは死への覚悟を歌った歌であり、名歌です。最後に、ではこの「さしふみの」は「くるす(来栖)」にかかる一般的な枕詞か、といえば、これは枕詞ではない。これはこの歌における大伴旅人の表現ということです。

 

◎「さしぶ(烏草樹)」

「すはしふ(吸はし『ふ』)」。「すはし(吸はし)」は「すひ(吸ひ)」の尊敬表現連用形。『ふ』は口から、吹き出すように何かを吐き捨てる際の擬音。『ぷ』のような音の可能性もある。「すはしふ(吸はし『ふ』→さしぶ)」は、御吸いになり『ふ』と口から出しすてるもの、の意。これは樹木の実、そしてその樹木の、名ですが、一粒一粒がある程度ブドウに、そしてブルーベリーに、似た実がなり、食用になる(現代ではブルーベリーのほうが著名ですが、植物学的にはこの樹木はブルーベリーと同属)。その実を吸うように食い、その皮を『ふ』と吹き出すことをするもの、の意。現代ではこの樹木は「しゃしゃんぼ」と言い、「小小坊(セウセウバウ)」という、音(オン)のある程度似た、そして一つ一つの実が小さな坊やであることをあらわしたような、漢字表記がなされている。

「さしぶのき(佐斯夫能紀)」(『古事記』歌謡58(※))。「烏草樹 左之夫」(『新撰字鏡』)。「烏草樹 ………佐之天乃紀」(『和名類聚鈔』:「天」は「夫」の誤字でしょう。手書きの原文はどう見ても「天」に見えますが)。

※ この『古事記』歌謡58のこの部分の原文は「迦波能倍邇 淤斐陀弖流 佐斯夫袁 佐斯夫能紀 斯賀斯多邇 淤斐陀弖流 波毘呂 由都麻都婆岐(かはのへに おひだてる さしぶを さしぶのき しがしたに おひだてる はびろ ゆつまつばき:河の辺に 生ひ立てる 烏草樹を 烏草樹の木 其がしたに 生ひ立てる 葉広 斎つ真椿)」というものですが、この「しがしたに(其がしたに)」の「したに」は一般に「下に」と解されています。これは「舌に」でしょう。ブルーベリーのようなサシブの実の爽やかな味覚が意識されており、その爽やかさで生ひたつ斎(ゆ)つ真椿ということでしょう。