◎「さし(狭し)」(形ク)
語幹の「さ」は動詞「さへ(障へ)」(その項:発展的に「さはり(触り・障り)」にもなっている語)や動詞「さし(障し)」のそれと同じであり、「さ」のS音による動感とそのA音による全感・情況感が違和感・異物感・障害感・阻害感を表現する。環境的にそうした障害感が感じられること、自由活動に障碍を生じさせる障害感が感じられること、の表明が「さし(狭し)」。
「天地は広しといへど我がためは狭(さ)くやなりぬる」(万892)。
「狭 …サシ」(『類聚名義抄』)。
◎「さしあたり」(動詞)
自動表現の「さし」(→「さし(射し・差し・その他)」の項)、「日が射(さ)し」の「さし」ですが、この場合は日がさすのではなく、情況が、環境たる情況が、「さす」。「さしあたり(さし当たり)」は、変動した情況に遭遇しそれに同動して、それに応じて、の意や、その変動情況に応じて、当面、とりあえず、の意になる。
「祭にはさしあたりてする楽をばせいでは叶はねども」(『漢書竺桃抄』)。
「さしあたりたるただいまの事よりも後の世のためしとなるべき事なり」(『源氏物語』)。
「今の世の公達(きんだち)はたださしあたり見たてまつるに、かど(才)あり、めやすくこそおはすれ、いとあまくだるといふばかり驚かるるもおはせぬに」(『有明の別』)。
「早速病院へ入れたのだが、差し当り困るのは金で」(『永日小品・山鳥』夏目漱石)。
「日のさしあたりたる」といった表現もある。これは変動する情況がさすのではなく日が射(さ)す。
◎「さしおき」(動詞)
この「さし」は障害感のあるそれ。すなわち「鎖(さ)し」(→「さし(射し・差し・その他)」の項)。「おき」は「措き」。障害的情況におき遊離した状態にすること。
「心にかけて恋しと思ふ人の御事はさしおかれて」(『源氏物語』)。
「摂政・関白を閣(さしおい)て三公(太政大臣・左大臣・右大臣)内覧の宣旨、是れぞ始めなる」(『保元物語』)。
「兄貴をさしおいて俺が親分になるわけにはいかない」。
挿入させ置く、という意味の「さしおき」もある。
「藤大納言の御もとにこの返し(返歌)をしてさしおかせたれば」(『枕草子』)。
「さて其後硯やあると仰られければ、英憲急ぎ硯を召寄て御前に閣(さしを)く」(『太平記』)。
◎「さしつめ」(動詞)
この「さし」は障害感のあるそれ。すなわち「鎖(さ)し」(→「さし(射し・差し・その他)」の項)。「つめ」は対象相互の関係や対象との関係を凝縮させる状態にすること(→「つめ(詰め)」の項)。すなわち「さしつめ」は、障害感を生じさせ(解放感をなくし(形容詞「さし(狭し)」の「さ」と同じような意味になる)) 対象相互の関係や対象との関係を凝縮させる状態にすること。その対象は動態や情況。
「コノ御返事ヲ大神宮ノ仰セト思候ハンズル也トサシツメテ仰セラレタリケルタビ………ト申サレタリケレバ…」(『愚管抄』:「タビ」は、その折、の意。これは心情が、それによって相手との空間的関係も、差し詰まったものになっている)。
「本(もと)の門に打って立ってさしつめさしつめ射けるに」(『保元物語』:射と射の間がさしつまっている)。
「君の悪をさしつめて言へば」(『毛詩抄』:全体をまとめ凝縮するような言い方をすれば)。「さしづめそういふことだな」などの「さしづめ」はこうした用い方。要するにそういうことだな、や、結局そういうことだな、のような意味になる。
このほか、語頭に「さし~」のついた動詞表現は非常に多い。「涙さしぐみ」などという表現もある。この「さし」は「日が射(さ)し」などと同じ自動表現。「ぐみ」は「くくみ(含み)」。