◎「さけ(避け・離け)」(動詞)
「さわけ(さ分け)」。「さ」は動感を表現する。「わけ(分け)」は他動表現であり、全体を部分に隔絶させること(※)。つまり、「さけ(避け・離け)」は、他動表現「さき(裂き・割き)」(6月6日)がE音の外渉性によりその活用語尾がE音化・下二段活用化したものであり、 「さき(裂き・割き)」と同じような意味になるわけですが、「さき(裂き・割き)」は対象に対する働きかけや自己の動態に関し言い、「さけ(避け・離け)」は情況を自己から隔絶させることを言う。それは、Aを遊離する(Aから離れる:「危険をさけ」)ことも、客観的なAを隔絶させる(「鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは」(『古今集』))ことも、AからBを遊離させる(離す)ことも意味する。最後のAからBを遊離させる(離す)例としては「こと(同)さけば沖ゆさけなむ 湊(みなと)より辺(へ)着(つ)かふ時(とき)にさくべきものか」(万1402:同じ離すなら沖でそうしてくれ(港から離れた沖で船を港から離してくれ)、すぐそこが湊というところでそうするものか?(これは風、あるいはそれを起こしているもの、に対し言っている。風で船が湊(みなと)につけないのです)。
※ つまり、「さき(裂き・割き):さ分き」(その項)は他動表現ですが、その活用語尾がE音化した他動表現の「さけ(避け・離け):さ分け」もあるということ。
◎「さけ(裂け)」(動詞)
「さき(裂き)」の自動表現(※)。裂かれた状態になること。これは「さき(裂き・割き)」の自動表現なのですが、「さき(割き)」の自動表現は事実上あり得ない(→「さき(裂き・割き)」の項)。
「六月(みなづき)の地(つち)さへさけて照る日にも」(万1995)。
※ つまり、「さき(裂き・割き)」は他動表現ですが、上記のように、その活用語尾がE音化した他動表現の「さけ(避け・離け)」もあり、他動表現「さき(裂き)」の自動表現たる「さけ(裂け)」もあるということ。それらの動態表現の本質になっているのは情況的に動感を表現する「さ」と隔絶を表現する「わき(分き)」。
◎「さけ(放け)」(動詞)
「さあけ(さ明け)」。「さ」は情況的動態感を表現し、「あけ(明け)」は開放感を表現する自動表現。「さあけ(さ明け)」は開放感や、それゆえの広さや遠方感、を表現する。「ふりさけ見れば」(『古今集』)や、「訪(と)ひさくる兄弟(はらから)」(万460:訪ひ、心が晴れる兄弟)、「誰にかも我が問ひさけむ」(『続日本紀』宣命:誰に問ひてだ、私が問ひ心が晴れるのは)、といった用い方をする。