「さきくさの」という枕詞があります。「さきくさ」は、一般には、どの植物をさしたかは未詳、といわれ諸説言われていますが、酢漿草(かたばみ)(下記)と思われます。語の原形は「ふせあきくさ(伏せ開き草)」でしょう。その「ふ」が落ち、「せあ」は「さ」になった。酢漿草(かたばみ)はその葉が夜は伏せ(閉じ)朝に開くを繰り返す。それが「ふせ・あき(伏せ・開き)」。「かたばみ(酢漿草)」はハート形の葉が三つあり、枕詞「さきくさの」は「み(三)」や「なか(中)」にかかる。「なか」にかかるのは三には中心があるからです(※下記(1))。
「夕星(ゆふづつ)の 夕(ゆふべ)になれば (子が)いざ寝(ね)よと(寝ようよと) 手を携(たづさ)はり(手を引き) 父母も うへはなさがり(もうそうなったら引きさがることはできず。従うしかなく) 三枝(さきくさ)の 中にを寝むと(子が父母の中に寝ようと) 愛(うつくし)く(※下記(2)) 其(し:それ。亡くなった幼い子)が語(かたら)へば……」(万904:これは長歌の、亡くなった幼い子の生前の思い出を語っている部分)。
※(1) 「さきくさ」に関しては『和名類聚鈔』に「草 ……和名久佐 百卉揔名(百草総名)也 ……𦳝 …和名佐木久佐……草枝枝相値葉葉相當也」(『和名類聚鈔』)ともあり、草の総名のような「さきくさ(佐木久佐)」が言われているのですが、ここにある「草枝枝相値葉葉相當」は『説文』にある「𦳝(タン)」の説明「草名 枝枝相値,葉葉相當」をそのまま写したものであり、これは同じ草が一面に生い茂り草原になっている様を言ったものでしょう。それが草の盛りということで、この「さきくさ(佐木久佐)」は「咲(さ)き草(くさ)」。
※(2) 「うつくし」という語、すなわち「うつくし(現奇し・美し)」は明瞭な現実感への深い感銘、その影響の深奥感、を表現する。それは現実にありありと見、起こる情感の湧起に胸がつまるような感銘です。
・「かたばみ(酢漿草)」
「かたはみ(片葉見)」。(夜間)葉が折りたたまれ、片葉(かたは:半分の葉)を見るもの、の意。植物の一種の名。クローバーのようなハート型の三枚の葉のある、春に黄色い(他の色の種類のものもありますが)五片の小さな花の咲く、日本では平凡な植物です。この草は夜になると折りたたむように葉を閉じ、そして朝になるとまた開く。
ついでに「さぎ(鷺)」
「さやぎ(騒ぎ)」。「「さやぎ(騒ぎ)」は逸りたつような無秩序な動きやそれにともなう音響があることを意味する(語源はその項)。これは鳥の一種の名ですが、この鳥は集団で鷺山を作り相当ににぎやかなのです。
「鷺 ………和名佐木 色純白其聲似人呼喚者也」(『和名類聚鈔』)。