◎「こまがへり」(動詞)
「こまかへり(駒帰り)」。「こま(駒)」は、意味発展的に馬一般(それを活き活きとしたものとして表現したものでしょう)も意味しますが、原意的には「こむま(子馬)」であり、これが、躍動的な、活き活きとしたものの象徴として言われている。「こまかへり(駒帰り)」は、昔そうであり今は去った若駒のような時代の自分が反転して帰ってきたような状態になること。「若返り」に意味は似ているわけですが、ただ自分の若い時代になるのではなく、若駒や活き活きとした子馬のようになる。
「などか里居はひさしくしつるぞや。例ならずや。まめ人の、ひきたがへ、こまかへるやうもありかし」(『源氏物語』「玉鬘」:なぜ里に居ることが長くなったのか。いつもと違う。実直・堅実・真面目な人は、(そうではない人なら里へ帰れば田舎の地味な状態になるが)逆に、こまかへりもするのだな:この「こまかへり」は男女間のことを言ったのでしょう。これに続いて、(里で)なにかいいことでもあったのかな、のような、からかうようなことを言う(冗談で))。
「『年老いぬるばかりの宝はなかりけり。昔なりせば、この人たちいかに見まほしからまし』と、大将『こまがへらせ給(たま)へかし』、おとど『いまその駒や』…」(『宇津保物語』)。
◎「こまさくれ」(動詞)
「こまさくれ(細決れ)」。非常に小さく決(さく)れている。「さくれ(決れ)」は「さくり(決り)」の自動表現(「さくり(決り)」の項:なにかを掬(すく)いとるかのような回転動態の形状になっているということ)。「しゃくれ」とも言う。何が決(さく)れているかというと、何かを決(さく)るかのように顎(あご)が張っている。顎を突き出すような物言いをし偉そうなのです。細(こま)かい者が、すなわち(成長年齢的に)小さな者がそうなっている。「こましゃくれ」とも言う。
「孤兒七歳已下(以下)ナルハイカニコマサクレタル者モ九歳已下(以下)テハ未交會モノソ」(『史記抄』:「交會」とは「男女陰陽合交」を言っている)。