◎「こぼし (零し)」(動詞)

「こぼれ(壊れ・溢れ)」(下記)の、正確にはそのある用いられ方の、他動表現。溢(こぼ)れることをさせること。

愚痴を言うことも表現しますが、これは心情を溢(こぼ)れる状態にするということでしょう。

「雪こぼすがごと降りて…」(『伊勢物語』)。

「覆 ……クツカヘス…コボス コボツ」(『類聚名義抄』)。

 

◎「こぼち(毀ち)」(動詞)

「こぼれ(壊れ・溢れ)」(下記)の他動表現。「わかれ(分れ・別れ)」「わかち(分ち)」、「あかれ(散れ)」「あかち(班ち)」のような変化として生じた。意味は「こぼれ(壊れ)」を現すこと、崩すように毀(こわ)すこと。何かを崩れ落ちるような状態にすること。粗雑な動態で毛を剃ることなども言う(「片端剃(そる)やらこぼつやら…」(「浄瑠璃」『国姓爺合戦』:もっとも、これは、剃っているのか崩しているのか分からない、といった表現))。

「秋田刈る仮廬(かりほ)もいまだこほたねば…」(万1556)。

「大(おほ)きに風(かぜ)ふきて、木(き)を折(を)り屋(いへ)を發(こほ)つ」(『日本書紀』)。

「堕 …コホル(ツ) ヤフル…」(『類聚名義抄』:(ツ)は「ル」に並んで横に書かれる)「隤 …クヅル コホツ コホル…」(『類聚名義抄』:「隤(タイ)」は『説文』に「下隊也」とされる字)。

「こぼれ(壊れ・溢れ)」の他動表現には「こぼし(零し)」もある。

 

◎「こぼれ(壊れ・溢れ)」(動詞)

「こほおびおれ(こほ帯び疎れ)」。「こほ」は「こほこほ」(後世的に表現すれば、ゴーゴーのような、擬態)や「こほめく(ゴーめく)」にあるような、重いものが何かと接触しつつ崩れていくような情況を表現する音声利用の擬態。古く、雷鳴の轟や重いものが何かと接触し摩擦を生じつつ引きずられるように移動していく際の音響を「こほこほ」と表現し、書いた(下記(参考))。「おび(帯び)」は感覚的な存在を経験している状態になること→「おび(帯び)」の項。「おれ(疎れ)」は空虚な情況にあることを表現し(→「おれ(疎れ)」の項)、この場合は何かを構成している構成力が空虚になる。「こほ」は雷鳴の轟きその他の音響擬音であり、それを帯びて構成力が虚無化する、とは、ゴォーッと音をたてて、あるいは、たてるが如く、何かが、その構成力が失われ、構成が崩れることを表現する。これはたぶん、川などで水をせきとめたり水流を統御したりするための堤(つつみ)が崩れる動態を表現したものでしょう。それにより水が奔流となって落ち流れ、それを思わせる動態として、何か(A)の量が増え、あるいはその何かを容れその体を維持していた何か(B)のその維持機能に何らかの理由で不全が生じ(たとえばコップが割れ)、そのAの体を維持していたものの維持能力限界を越えAが自由になり崩壊するように落下することも「こぼれ(溢れ)」と言う。これは崩壊的状態を表現したものですが、自由運動を得たその主体の視点で表現した場合、それが量の増大によるものであれば、「あふれ(溢れ)」にもなる。すなわち、「こぼれ」は、(水を維持していた堤などが)くずれることも意味し、(その水その他が)あふれ自由運動状態になることも意味する(「こぼし(零し)」は後者の、「こぼち(毀ち)」は前者の、他動表現)。

「こをれ」とも言ったようです(→「Couore(コヲレ), uru(ルル), eta(レタ). Deshazerse la casa, o pared(家、壁が崩れる)」(『日葡辞書』))。

「小墾田(をはりだ)の坂田の橋のこぼれなば桁(けた)より行かむな恋ひそ吾妹(わぎも)」(万2644:橋が崩れ落ちたら)。

「(生活状態が非常に悪くなり)家もこぼれ」(『大和物語』)。

「涙こぼれ」。

「車に乗りこぼれて」(『宇治拾遺物語』:全構成員からあふれるように残された)。

「愛敬(アイギャウ)こぼるるやうにて」(『源氏物語』)。

(参考) 「こほこほと鳴る神よりもおどろおどろしく踏みとどろかす唐臼(からうす)の音も…」(『源氏物語』)。「御門守……(門を)とみにもえ開けやらず。……こほこほと引きて、『錠のいといたく銹びにければ、開かず』と愁ふるを…」(『源氏物語』)。「御修法の壇どもこほこほとこぼちて…」(『増鏡』)。