◎「けやけし」(形ク)
「けやけし(異やけし)」。「や」は感嘆表明。「けし」は「はるけし(遥けし)」などのそれ→「けし」の項。「け(異)」であるとは今まで経験したことがないということです。「けやけし(異やけし)」は、『異(け)だ。まったく疑問もなく異(け)だ』のような表現。「け(異)」であることに敗北的に感嘆し感服している。称賛的感服も、嫌悪的感服も表現される。
「其の妻(め)飽田女(あくため:人名)徘徊(たちもとほ)り顧恋(しの)び失緒(こころまどひ)し心を傷(やぶ)る。哭(ねな)く聲(こゑ)、尤切(けやけ)くして人をして腸(はらわた)断(た)たしむ」(『日本書紀』仁賢天皇六年)。
「『…その折にこそ、無心なるにや(色が感じられる方面のこと(男女のこと)に心(関心)はないのか、ということでしょう)、もしはめざましかるべき際はけやけう、などもおぼえけれ…』」(『源氏物語』(胡蝶):この「めざまし」は、印象が良くない、という意味でしょう(そういう意味の「めざまし」がある→その項)、「きは(際)」は身分や立場か。とすると「けやけく」は、ふさわしくなく変に、のような意味になる)。
「『末代にはけやけき寿(いのち)もちて侍(はべる)翁なりし』」(『大鏡』)。
「『けやけきやつかな』といひて。はしりかかりてくる…」(『宇治拾遺物語』:これは戦って(正確に言うと盗賊が襲って)手ごわい相手に言っている)。
「往還に立塞がり殊にけやけき屍にて、尊き山を穢すことはなはだ尾籠(びろう)の至り也」(「浄瑠璃」:あまり見ないほどに醜悪で気味の悪い屍体だった)。
「貴(けやげ)き雲の上人(うへひと)も、恋には軽き…」(「浄瑠璃」)。
◎「けやすし」(形ク)
「くえやすし(崩え安し)」。いとも簡単に崩れ去る印象であることの表明。手応えがないような非常に弱い外力に影響されその構成が崩壊してしまう。非常に脆(もろ)い、のような意。無力であったり儚(はかな)かったりする。
「朝霧のけやすき我が身」(万885:これは旅の途次、病で死んだ人を思って歌ったものにある表現)。
◎「けら(螻蛄)」
「こえら(凝鰓)」。凝り固まった鰓(えら)をつけているような印象のもの、の意。その形態印象による名。「おけら」は「おほこえら(大凝鰓)」。大きな鰓がついているような印象のもの、の意。昆虫の一種の名。
「螻蛄 ………和名介良」(『和名類聚鈔』)。
◎「けら」
「くれら(塊ら)」。塊(かたまり)になった情況のもの。日本の古代の製鋼(特に製鉄)における最初に生産される塊です。