◎「け(気)」

「きいへ(来言へ)」。「いへ(言へ)」は「いひ(言ひ)」の已然形。子音変化し「ゆへ(言へ)」の可能性もある。「きいへ(来言へ)→け」は、来ているとは言え…、のような表現。人がそのように表現する何か。何かあると感じられること。見えないが有る何か。ないが有ると作用するなにか。「けはひ(気配):気這ひ」。「ほけ(火気)」(燃焼が感じられる気(け))。「ゆげ(湯気)」。「もののけ(ものの気):この「け」は「怪」と書かれることも多い」。「けつき(気つき)」は、(感じられる)気(け)の様子、の意(「顔つき」「手つき」などの「つき」)。「けをさむみ(気を寒み)」は、物の怪が感じられるような、深く感じとられるような感覚で寒い。病気も言う→「疫 ……衣夜美 一云度岐乃介 民皆病也」(『和名類聚鈔』:「度岐乃介(ときのけ)」は「時の気」。「衣夜美(えやみ)」は疫病であり、流行(はや)り病(やまひ))。

語頭について、いかにもそう感じられること、を表現したり(→「けだかし」「けざやか」など)、自分を包む情況としてそう感じられること(→「けだるし」「け押され」など)、を表現したりもする。

「辰爾(ジンニ:人名)、乃(すなは)ち羽を飯(いひ)の気(け)に蒸して、帛(ねりきぬ)を以(も)て羽に印(お)して悉(ことごとく)くに其の字(な)を寫(うつ)す」(『日本書紀』:これは飯の湯気(湿度の高い熱気))。

「鹽気(しほけ)立つ荒礒(ありそ)にはあれど…」(万1797)。

「…いやとほながき(いや遠長き) やまぢをも(山路をも) いもがりとへば(妹がり問へば) けによばず来(き)ぬ(氣尓餘婆受吉奴)」(万3356:この五句は、気(け)に世(よ)帯(お)ばず、気(け)に世(よ)を帯(お)びることなどなくなって、世界のことなど忘れて(山路など念頭になく)、ということでしょう。この部分は、息が喘(あえ)いで苦しんだりすることなく、といった解釈がなされたりしている。気(け)、吟(によ)ばず、と読むらしい。「によび(吟び)」は、唸るように長く声をのばすこと。ちなみに、「おび(帯び)」は古くは四段活用だった)。

「口つき愛敬づきて少しにほひたるけつきたり」(『落窪物語』:「にほひたる」は、嗅覚刺激が感じられるわけではなく、赤系の色彩を感じるような映えた美しさが感じられる)。

 

◎「け(異)」

「きえ(来え)」。「え」は意外感による驚きの発声。あるものやことが現れ「え」と驚きの発声があるようなもの・こと。今までとは異なり予想になかったこと。異常なこと・ものや特異なこと・ものであることを表現する。「ひにけに(日に異に:日爾家爾)」(万3659)は日毎に様子が異なる(※下記)。「(鳥が)けに鳴く」(万2166)は今までになかった鳴き方をする。この語は常態を切断する方向を表現し「けた(桁)」の「け」などにもなる。

「皇位(きみのみくらゐ)は既(すで)に定(さだ)まりぬ。誰人(たれ)か異言(けなること)せむ」(『日本書紀』)。

「(漂着した香木の)其の烟気(けぶり)遠く薫る。則(すなは)ち異(け)なりとして献(たてまつ)る」(『日本書紀』)。

「御かたちのいみじうにほひやかに、うつくしげなるさまは、からなでしこの咲ける盛りを見んよりもけなるに」(『夜半の寝覚』)。

「けし(異し)」というシク活用の形容詞もある。これは「え」が二度重なって形容詞化しているでしょう。「けしきこころ(家之伎許己呂)」(万3775:「家」と書かれるということはこの「け(異)」は上代特殊仮名遣いにおける甲類表記だということ)、「けしきこころ(異情)」(万3588)。

※ 万377の「朝にけに(朝爾食爾)」(万377)は、「くれ」が「け」の一音になり、朝に暮(くれ)に、一日中、であって、混乱しやすい(朝に異に→朝毎に異なって、ではないということ)。