◎「くつがへり(覆り)」(動詞)
「くちうきかへり(朽ち浮き返り)」。「うき(浮き)」は動態からその動態が浮かぶ、動態にそのような動態印象を受ける、の意。朽(く)ちればそれは崩れたり倒れたりするわけであり、「かへり(返り)」は反転することであり、朽ちの印象動態が浮かび反転する、とは、崩れたり倒れたりすることと反転することが融合したような動態になることです。ものならば崩れるように転倒し転がり反転するような状態になり、船なら崩れるように転覆したりし、ことならば何事かが全的に崩れ崩壊し反転したような印象になる。
「……他(ひと)に就(つ)きて甑(こしき)を借りて炊(かし)き飯(は)む。その甑(こしき)、物(もの)に触(ふ)れて覆(くつがへ)る。是(ここ)に、甑(こしき)の主(ぬし)、乃(すなは)ち祓除(はらへ)せしむ。此等(これら)の如(ごと)き類(たぐひ)、愚俗(おろかひと)の染(なら)へる所(ところ)なり」(『日本書紀』大化二年三月)。
「大唐(もろこし)に向(ゆ)ける大使(おほつかひ)、嶋(しま)に觸(つ)きて覆(くつがへ)る」(『日本書紀』斉明天皇五年七月:これは船が転覆したという意味でしょう:「もろこし」は「諸越し」であり、全的に越えている、という中国、というよりも唐、に対する美称、唐を誉(ほ)めた表現、でしょう。野菜のトウモロコシは、中国を経て日本に渡来し(原産地はアメリカ大陸の中南米あたりでしょう)、トウキビ(唐黍)、モロコシキビ(唐黍)などと言われ、トウモロコシとも言われた)。
「無量劫を經て那落迦(ナラクカ:奈落・地獄)の惡趣輪迴に墜(くつがへ)り…」(『大乗広百論釈論』巻第十)。
「𡾠 ……加太夫久 又太不留 又久豆加戸留」(『新撰字鏡』:加太夫久(かたぶく・傾く)、太不留(たふる・倒る)、久豆加戸留(くつがへる・覆る)。「𡾠」の字は中国の書に「巇」と同字とあり、この字は険しく危険であることを意味する)。
動態の表現程度が、その動態以外他の自我が崩壊してしまっているかのように、限度を越えていることも言う。「人々は賞(め)でくつがえる」(『源氏物語』)。
既存の秩序や体制や、定説化・常識化していたものの考え方が崩壊し反転したような状態になることも言う。「判決がくつがへる」。
他動表現は「くつがへし(覆し)」(動詞)。何かを覆(くつがへ)る状態にすること。