◎「くし(櫛)」

「くひふし(交入ひ伏し)」。つまり「くし(串)」と同じですが、「くし(串)」の場合の、「ふし(伏し)」による、特化的な(特別化する)経過感たるそれ、特別な経過として対象として独立化する、存在感のある、発生する経過感は人と対象の関係(たとえば串を刺して対象への占有を社会的に示す)ですが、「くし(櫛)」の場合は髪のあり方、頭髪の状態です。櫛(くし)によりそれは整えられ、美的に秩序だった対象として独立化する存在感のある発生感をしめす。髪に交入(く)ひ(侵入し)、髪をそうした状態にするものが「くひふし(交入ひ伏し)→くし」。これは主に髪の毛を梳(す)き整えるための道具ですが、古代の「くし(櫛)」は後のフォークのように縦長でその歯の本数も少なかった(さらに起源的には、多少先を尖らせた細い棒を三四本並べ束ねただけのものでしょう)。

「湯津津間櫛(ゆつつまぐし)の男柱(をばしら)一箇(ひとつ)取闕(とりかき)て、一火(ひとつび)燭(とも)して入(い)り見(み)たまひし時(とき)…」(『古事記』:「くしのをばしら(櫛の男柱)」は櫛の歯の、両端に枠のようにある太い歯)。

「未通女(をとめ)らが織(お)る機(はた)の上(へ)を真櫛(まくし)もちかかげ栲島(たくしま)波(なみ)の間(ま)ゆ見(み)ゆ」(万1233)。

 

◎「くし(酒)」

「くゆすひ(悔ゆ吸ひ)」。悔いる、ということが吸い取られるようになくなっていくもの、の意。「さけ(酒」の異名です。酒を飲むと悔いることがなくなっていくということ。何をしても悔いなくなる、という意味ではありません。ああしなければ、とか、こうしていれば、といった思いが生(お)ふことが希薄になりなくなっていき気が楽になっていく。ようするに、眠るようになり、思考しなくなっていく、何も考えなくなっていく、ということでしょう。

「須須許理(すすこり:人名)が醸(か)みし御酒(みき)に我酔ひにけり 事無酒(ことなぐし:許登那具志)笑酒(ゑぐし:恵具志)に我酔ひにけり」(『古事記』歌謡50)。