◎「くき(潜き)」(動詞)

「く」はK音の交感と、U音の遊離感のある、それゆえの自足感・独律永続感のある、動態感(「う」の項参照(下記※))により侵入的語感が表現される。つまり「くき(漏き)」は侵入が(活用語尾K音で)確認されているわけですが、意味は「もぐり(潜り)」に似ています。そして、何かにもぐることともぐって出てくることの双方を表現している。

「我が手俣(たなまた)よりくきし(久岐斯)子」(『古事記』:これは、潜り出る、というような状態になっている)。

「あしびきの山べにをればほととぎす木(こ)の間(ま)立ちくき鳴かぬ日はなし」(万3911:これは現れたり潜ったり)。

 

※ (ずいぶん前のことなので(「う」の項の当該部分だけ再記)

「また、動詞の活用語尾では、「う」、というよりもその子音を問わないU音、は遊離感のある動態感を表現する。U音の遊離感のある動態感とは、U音には動態の独律した存在感があるということ。動態として遊離して客観化したまま動態感が維持される、ということ。ヘーゲル的な言い方をすれば、即自的な(動態たる)I音と対自的な(動態たる)E音が融合しているような動態。

U音の「遊離した」動態感とは、たとえば動詞の活用語尾がU音化している場合(つまり動詞終止形「有る」や「行く」)、その場合、動態が、自動でも他動でもなく、中立的な、遊離感のある独律世界にあるような、動態が遊離感のある独律世界で動いているような、状態になること。たとえば「裂き」(他動)も「裂け」(自動)もどちらも終止形は「さく(裂く)」。「木を裂く」「木が裂く」。「向き」は自動、「向け」は他動。「気が向く」「気を向く」。U音の「遊離した」動態感とはそういうこと」

 

◎「くけ(潜け・絎け)」(動詞)

「くき(潜き)」の他動表現。もぐらせること。社会的にもぐっている→公認性がない、という意味でも言われる→「匿路 クケミチ」(『節用集』:この「くけ(潜け)」は自動表現でしょう(語尾E音による、客観的対象を主体とした自動表現))。「厩(むまや)の後を回って、何(いづく)にか匿(クケ)地の有ると見れば…」(『太平記』:これは「くけぢ(匿路)」であり、公道(公認性のある路)ではない路。これも自動表現か)。しかし、もっとも一般的なのは裁縫の手法であり、裁縫で「くける」は表(おもて)に縫い目が見えないように(つまり糸をもぐらせて)縫うこと。そもそも、他動表現たる「くけ(絎け)」は裁縫の世界で生まれた表現なのかもしれません。現在でもこの「くけ」という動詞は裁縫でしか用いられていないように思われます。

「納 ……クケヌヒ」(『類聚名義抄』)。

 

◎「くぐり(潜り)」(動詞)

「くきへいり(潜き経入り)」。「いり(入り)」は、寝入り・驚き入りその他のような、全く何かの動態になること。「くき(潜き)」は侵入すること、もぐること、ですが、「くきへいり(潜き経入り)」は、まったく「くき(潜き)」を経過している状態になること。何かの中を移行していることも、移行し出た状態になることも、表現する。

「しきたへの枕ゆくくる涙にぞ浮寝(うきね)をしける恋の繁きに」(万4507:ゆ、はそこを経過していることを表現する古い助詞)。

「傍のつぼねの壁のくづれよりくぐりて逃しやりて」(『金葉和歌集』)。

この語は奈良平安時代には「くくり」と清音でした。