◎「きびす(踵)」

「くひひしえゐ(食い、ひし得居)」。「くひひ」が「きび」になり「しえゐ」が「せゐ」のような音(オン)を経つつ「す」になっている。「くひ(食ひ)」は何かへ侵入する動態を表現する(食べることを表現しているわけではありません。「交入ひ」と書いた方が分かりやすいか)。この場合は地へ食い込む。「ひし」は密着・密集を表現する擬態。「え(得)」は動詞。「ひしえゐ(ひし得居)→きびす」は、(人の身体を)「ひし」とした、しっかりとした、状態を得て(獲得して)居ること(そうした状態にあらせること)、そうした状態をもたらす、もの(身体部分)、の意。地へ食い込み、そうしたしっかりとした状態をもたらす身体部分を言う。具体的には、足先後部、足の「かかと(踵)」、あたり。音(オン)は「くひす」「くびす」にもなりそのようにも言う(これらは語頭の「く」が保存されている)。「きひひす」とも言いますが、これは語頭の「き」が後音の影響でI音化したもの。「きびすをかへす(返す)」は進行方向を逆転させること。

「…飯匙(いひかひ)を笏(さく)に取り、靴(くつ)片足(かたし)、草鞋(さうあい・さうがい)片足(かたし)、踵(きびす)をばはなにはきて…」(『宇津保物語』:履物の踵(かかと)側を先行部にして履いて。つまり、前後を逆にして履いて)。

「……正丁 右足久比須疵」(「正倉院文書」天平十二(740)年)。

「踵 …和名久比須 俗云岐比須 足踵也 踵足後也」(『和名類聚鈔』:「踵」の音(オン)は「ショウ」)。

 

◎「きびは」

「キミひは(気味ひは)」。「キミ(気味)」は匂いと味を意味しますが、これが趣や気分も表す。「ひは」は「ひはほそ(ひは細)」などのそれであり、「ひは(弱)」の項参照。「ひ」は弱さや小ささの感覚を表現する。つまり「キミひは(気味ひは)」は趣が「ひは」だということ。幼く頼りない印象を表現する。

「二十一二ばかりになり給へど、なほいといみじく片なり(未成熟)にきびはなる心ちして」(『源氏物語』)。