◎「きぬ(絹)」

蚕(かひこ)が吐き出した繊維やそれを編んだものを言います。非常に美しかったのですが、当初、それは生産量も極めて少なく、衣料には使われず装飾品であり、ある程度衣料に用いられるようになった後もそれは富貴な者のみが着、実際にそれを生産し織っている者たちはそれを着ることはなかったでしょう。それは「調(テウ・チウ):要するに物税」として納められ、あるいは売られ(他の必需品と交換され)、高貴な権力者や富者が着、蚕を飼い絹織物を織っている女たちは麻などを着ていたでしょう。当初、それは(実際にそれを織っていたその者たちにより)「(自分は)着ぬ織物(きぬおりもの)」(着ない織物)と呼ばれ、「きぬおり(着ぬ織り)」とも呼ばれ、やがて原意は忘れられ「きぬ」という言葉が材料を意味するかのように広まっていった。それが「きぬ(絹)」。

「…水縹(みはなだ:淡い水色)の 絹(きぬ)の帯(おび)を…」(万3791)。

「絹 …和名岐沼」(『和名類聚鈔』:原書の「絹」は旁の上が「口」ではなく「ム」になっている)。

この語の語源は「絹」の音(オン)とする説が多いです。しかし、「絹」は『廣韻』にその音(オン)が「吉掾切」(ケン、のような音でしょう)と書かれる字であり、その音(オン)は「きぬ」ではありませんし「きぬ」にはなりません。

 

◎「きぬ(衣)」

「きねゐ(着値居)」。着て、値(ね:社会的評価価値)として居(ゐ)ること、そうなるもの、の意。着て、着たその人が、社会的値(ね)となるもの。つまり、後世の表現で言えば、普段着に対する、よそ行きの服、特別な場であることによりその社会的評価に気をつかう場で着る服、です。つまり、「きぬ(衣))」は、「きもの(着物)」の中の、それを着ると着た人に値がつく着物であり、「きもの(着物)」の美称というか、尊称というか、そういうものです。

「一つ松 人にありせば 太刀(たち)佩(は)けましを きぬ(岐奴)着せましを…」(『古事記』歌謡30)。

「袍 ……和名宇倍乃岐沼 一云朝服」(『和名類聚鈔』)。