「こゐ(木居)」。「こ」は、「このは(木の葉)」にあるような、木をあらわす古語。これは叩いた際の擬音に由来する(→「こ(木)」の項)。したがって音(オン)は不安定であり「く」のような音である可能性もある。この「こ」はそのO音の対象化した情況表現である可能性もある。「こゐ(木居)→き」は、「こ(木)」のその生存態を「ゐる(居る)」と認定した表現。「こ(木)」の有り、の意。それが認知され認定されたということはそれが人間の管理下に入ったということです。それが自然木であれ人工的な植林木であれそうです。つまり「き(木)」は、人間の管理下に入った「こ(木)」(樹木)。ある種の植物の総称。

「河の辺に 生ひ立てる 烏草樹(さしぶ)を 烏草樹(さしぷ)の木(き:紀)」(『古事記』歌謡58:「さしぶ(烏草樹)」に関してはその項)。

「鳥総(とぶさ)立て 足柄山に 船木(ふなき)伐(き)り 樹(き)に伐(き)り行きつ あたら船材(ふなき)を」(万391:「とぶさ(登夫佐)たて船木(ふなき)きる」という表現は万4026にもある。「とぶさ(鳥総)」に関してはその項)。

『古事記』歌謡5に「…山方(やまがた:やまがはた(山が畑:山の畑))に蒔(ま)きし あたね搗(つ)き 染(そ)めきが汁(しる)に 染(し)め衣(ころも)を まつぶさに(手抜かりなく完璧に) 取り装(よそ)ひ…」という部分があります。「あたねつき(あたね搗き)」は「あたら根搗き(可惜根搗き)」(惜しく、もったいなくも根を搗き)の「ら」の脱落。なんの根かと言えば、それは染料になる根であり、茜(あかね)でしょう。つぎの「染(そ)めきが汁(しる):曾米紀賀斯流」ですが、一般にこれは「染(そ)め木が汁(しる):染め木の汁」とされ、古くは草や海藻を「き(木)」ということもあった、と言われたりもします。しかしこれは「染(そ)めくい(悔い)が汁(しる)」でしょう。染めたことが悔いになる汁に染めた衣(ころも)を(貴重な茜で染めたのにこれに満足せずその衣はすぐに捨ててしまい染めたことが悔やまれる染料たる汁に染めた衣を)ということ。海藻が「き」と表現されている例として「…由良(ゆら)の門(と)の 門中(となか)の海石(いくり)に触れ立つ なづのきのさやさや」(『古事記』歌謡75)がある。この「なづのき(那豆能紀)」は、「なづみ(泥み)」や「なづさひ」(鵜飼舟が水と一体化するように進行することを表現したりする)の影響でしょう、水中の木、と解されています。しかしこれは「なでゐのき(撫で居の木)」であり、「木(き)」とは船体であり、海石(いくり)に触れ立つ、その海石(いくり:海中の岩)に触れて立つ、それに撫でられている船体のさやさやという音、ということでしょう。つまり、これらでは草や海藻を「き(木)」と表現しているわけではない。