◎「かぶ(株)」
「くらびふ(坐び生)」。「くら」は「か」に、「びふ」は「ぶ」になった。「くら(坐)」は、そこにつくことによりその「け(気)」は昂進し、高まり、特別のものとなる、特別な権威が生じる、位置や施設(→「くら(坐)」の項)。「び」は「都び」や「荒び」などのそれ(→「び」の項)。「ふ(生)」は発生。「しばふ(芝生)」などのそれ(→「ふ(生)」の項)。すなわち、「くらびふ(坐び生)→かぶ」は、「くら(坐)」のような生(お)ひ・発生、ということですが、どういうことかというと、これは樹木の幹を、地上部をある程度残し水平に切断したその切断後の地に残っているそれです。後に一般に言う「(木の)切り株」。それが、そこになにものかがつくと(立つなり座るなりすると)その「け(気)」が昂進する「くら(坐)」のようだということ、坐(くら)びた生(お)ひだ、ということ。すなわち、「かぶ(株)」は、切断後の樹木を表現したものではありますが、そこで表現されていることは、それはそこにつくと特別な権威が(後世では経済的権威として権利が)備わり(それを得)、それは「ふ(生):発生」であり、生体たる循環拠点として栄養吸収もすれば成長もするものです。
この語は、語の発生源としては切断樹木の地残部を表現したものではありますが、その表現により、根で複数体が生態的に連携するある種の植物のその根部の一部も「かぶ」になり、自己分裂するある種の菌の一群も「かぶ」であり(これらの場合はその植物種菌種であることが「くら(坐)」になる)、社会的に、なにごとかを行う特別な官許を得た立場も「くら(坐)」となり、その立場を得た社会的生命体たる立場も「かぶ(株)」となる。江戸時代にはそうした官許を得た業を行う者たちを「かぶなかま(株仲間)」と言った。また、ある特性や特技を身につけていることがある人の社会的な立場たる「くら(坐)」になっているとき、他の者がその立場を奪うような特性や技術を身につけたとき「(人(ひと・他者)の)おかぶ(御株)を奪う」と言う。近代では法人の出資者たる地位(それが「くら(坐)」)も「かぶ(株)」という。
「Cabu Pie,o tronco de arbol,o caña ,&c. Que queda deipues de cortado.」(『日葡辞書』:ようするにこれは、「Cabu(かぶ)」とは、伐った後に残る木の根や幹や蘆のようなもののそれら、ということでしょう)。
「なんてん(南天)のかふ(株)どもあまたまいる」(『御湯殿上日記』)。
「無株之者共 多問屋店を出し……致仲買候儀 急度(きっと:厳しく)相止め可申候」(『御触書之留并浜方記録』)。
「此ばァさまは…なきごとばかりいふがかぶなり」(「滑稽本」『浮世風呂』)。
「会の大小に応じ財本の高を割り、何百両又は何千両を以て一株と定むべし。之を会社の株と唄ふ」(『会社弁』「諸会社取建の手続大要」(福地源一郎(桜痴)):明治4(1871)年)。
(参考)「根株 訓上禰(ね)下久比世(くひぜ)…草木本也…草根也」(『和名類聚鈔』)、「株 …クヒゼ」(『類聚名義抄』)どちらの書にも「かぶ」はない。ただし、『類聚名義抄』に「 蔓菁根 カフラ」(単に「蔓菁」のみの部分には「アツナ」とも書かれる。これは「あてゐな(当て居菜)」か。この野菜は地に打ち当てたようになるから)はある。これは、「かぶ(株)」は俗語であり、「かぶ(蕪)」「かぶら(蕪)」は御所で厨房関係の女が用いるような語で、すくなくとも『類聚名義抄』を書くような人たちにはこちらの方が(木の切り株の「かぶ」よりも野菜の「かぶ」の方が)一般的だったということか(『日葡辞書』に(野菜の)「かぶ(蕪)」は女性の言葉と書かれている。野菜の名で女性の言葉でと聞けば思われるのは御所や城中での女房言葉ですが、『類聚名義抄』が書かれた1100年少し前ころでもそこでの特別な言い方はあったのかも知れない)。
◎「かぶ(蕪)」
「かぶびふ(株び生)」。「び」は「都び」その他のそれ。「かぶ(株)」(上記)のような生(お)ひ、の意。地下直下に(というよりも半ば地上に浮いた状態で)根塊がありその印象が(原意における)「かぶ(株)」に似ているということ。植物の一種の名。「やさい(野菜)」と言われる食用植物の一種。植物全体の名は古くは「あつな」と言いました。これは「あてゐな(当て居菜)」でしょう。この野菜は地に打ち当てたようななり方をするから。主に食用にする根塊部分は「かぶら」と言った。この語尾の「ら」は複数表現でしょう。昔の蕪(かぶ)はその根塊部分は相当に小さく、常に複数で処理され食されていたということでしょう。
「 蔓菁 アツナ… 蔓菁根 カフラ」(『類聚名義抄』:「蔓菁」の音(オン)は、マンセイ、か)。
「Cabu. Rayz de nabo o el nabo.Es palabra de mugeres. Melius ,Cabura.」(『日葡辞書』:「カブの根またはカブ。女性の言葉。カブラとも言う」ということか。「mugeres」はスペイン語で、女性。「かぶ」が女の言葉とはどういう意味でしょうか。上記「あつな」に対応した女房言葉的な語ということか→「かぶ(株)」の項参照)。