◎「かひな(腕)」
「かひいねな(支ひい寝な)」。「かひ(支ひ)」はここでは、頭を支(か)ふ(維持する)、ということであり(→「かひ(支ひ)」の項)、枕する、ということ。「な」は何かを勧めたり促したりする「な」(→「な(助・副)」の項)。「かひいねな(支ひい寝な)」は、枕にして寝なさいな、ということであり、そのようにさしだされる身体の一部を意味し、腕を意味する。いわゆる「うでまくら(腕枕)」です。具体的には腕の中央から上部あたりでしょう。身体のどこが、あるいはどこからどこまでが、「かひな」かに関する限定性は曖昧です。ようするに、添い寝して腕枕になる部分なのです。身体のどこかに関しては、事実上、肘(ひじ:腕中央関節)のあたりの印象が強いようです。しかし、厳密にその部分を意味するわけでもなく、「かひな(腕)」は「うで(腕)」の雅称のような用いられ方もする。「ひとかひな(一腕)、ふたかひな(二腕)」と、舞の演目実演回数を表現する数詞たる「かひな」もあります。これは舞では腕が特徴的に動くから。「かひな」が雅称のように用いられた。
「たわやがひな(撓や腕)を 枕(ま)かむとは 我(あれ)はすれど…」(『古事記』歌謡28)。
「二月はかり月あかきよ、二条院にて人人あまたゐあかして物かたりなとし侍りけるに、内侍周防よりふして、まくらをかな(枕があれば…)と、しのひやかにいふをききて、大納言忠家これをまくらにとてかひなをみすのしたよりさしいれて侍りけれは、よみ侍りける 春のよの夕はかりなるたまくらにかひなくたたん名こそをしけれ」(『千載和歌集』:甲斐(かひ)なく立たむ・腕(かひな降(くた)たむ))。
「…木綿襷(ゆふたすき:木綿手次)かひな(可比奈)に懸けて…」(万420:襷(たすき)は腕にかけるものではありませんが、この表現により七節菅(ななふすげ)を持った手が強調され禊(みそぎ)に行く、という表現が「かひな」を「うで(腕)」の雅称のように用いつつなされたのでしょう)。
「肱 …カヒナ ヒヂ モモ」「肘 …ヒチ カヒナ タフサ ヒチノフシ」(以上『類聚名義抄』:ちなみに「腕」は「ウデ タブサ タダムキ」であり「カヒナ」はない)。
「二かひな、三かひな舞翔(まひかけっ)て」(『源平盛衰記』)。
◎「かひろき(転き)」(動詞)
「かいひらおよき(櫂ひら泳き)」。「ひら」は面状のものの自由運動を表現する擬態。「かい(櫂):船を漕ぐ道具」がその「ひら」の状態で泳ぐとは、櫂が効かなくなり、船の操作が無力化・衰力化し不能になっていることを意味する。海が荒れているのです。そうした状態になっていることが「かひろき」。薄(すすき)がかひろき、といった文芸的な表現もある。
「𦨖 訓加比路久 船不安也」(『和名類聚鈔』)。「轉 …カヒロク」(「轉」の文部省字体は「転」)、「可〓 カヒロク」(以上『類聚名義抄』:〓は「徴」の下に「力」(たぶん造字)。その字による「可〓」で無力化・衰力化した状態を表現したのでしょう)。
「秋の野のおしなべたるをかしさは薄(すすき)こそあれ。……冬の末まで、頭のいと白くおぼとれたるも知らず、むかし思ひ出で顔に風になびきてかひろき立てる、人にこそいみじう似たれ」(『枕草子』)。