◎「かひ(貝)」
「こあひ(凝合ひ)」。「こ(凝)」は動詞「こり(凝り)」にもあるそれであり、客観的な凝固感・凝縮感、質的な濃密感・濃縮感が生じるそれ。「こあひ(凝合ひ)→かひ」は凝固感・凝縮感が感じられる印象で何かが、何かと何かが、合っているということ。これは二枚の硬い殻を固く閉ざし内部に生息する軟体生物のその殻の印象による名。その殻が渦状に巻いた形態のものも言います。殻の内部に生息するその同じような印象から鳥の卵が「かひ」や「かひこ(かひ子)」と言われることもある。形態の類似ということで、虫の外殻や植物の実(種:たとえば「もみがら(籾殻)」)、さらに、一般的に種(たね)、も「かひ」と言うことがある。「かひわれ・かひわり」(植物の発芽したばかりの双葉)の「かひ」もこれ→「かひわれ大根」。
「家づとに貝を拾(ひり)ふと沖辺より寄せ来る波に…」(万3709)。
「八九ばかりなる女ごのいとをかしげなる、薄色の袙(あこめ)、紅梅などみだれ著たる、小さきかひを瑠璃の壺に入れて、あなたより走るさまの…」(『堤中納言物語』)。
「國(くに)の危殆(あやふ)きこと卵(かひ)を累(かさ)ぬるに過(す)ぎたり」(『日本書紀』)。
「おなじ巢にかへりしかひの見えぬかないかなる人か手ににぎるらむ…」(『源氏物語』)。
◎「かひ(谷)」の語源
「かひ(交ひ)」。山と山の交互的・交差的交流感のある地形状況の地域。山と山の間に線状の低い地域が連なっている。この地形をその低地たる内部から表現すると「たに(谷)」になる。
「山の狭(かひ:可比)そことも見えず一昨日(をとつひ)も昨日も今日も雪の降れれば」(万3924)
◎「かひ(甲斐)」
「かひおひ(峡追ひ)」。かひおひ→かほひ→かひ。元来は甲府盆地あたりを言ったものでしょう。谷(かひ:峡)を辿り入る地であることによる名。地名。
「なまよみの 甲斐の国…」(万319)。
◎「かひ(甲斐)」
「かひ(支ひ)」の名詞化。「かひ(支ひ)」はその項。動態を維持する(成立させる)何か。その動態の効果・意味。「やりがひ」、「生きがひ」。「甲斐」は当て字。
「味飯(うまいひ)を水に醸(か)みなし我が待ちしかひはかつなし(曾無)直(ただ)にしあらねば」(万3810:この「かつなし」の「かつ」は「かつあらはるるをもかへりみず、口に任せて言ひ散らす」(『徒然草』:内的動態がそのまま維持され、なんの反省思考もなく現れるのもかえりみず)、のような用い方のそれ。何の疑問もなく待った甲斐がない、の意)。
「たがひに言はんほどの事をば、げにと聞くかひあるものから(まったくそうだ、と聞く甲斐あるものながら)、いさゝか違(たが)ふ所もあらん人こそ………ともうち語らはば、つれづれ慰まめと思へど…」(『徒然草』)。
◎「かひ(匙)」
「けあひ(器間)」。「け(器):うつは、容器・食器」と「け(器)」の間(あいだ)に用いるもの、その間(カン)の役割をはたすもの、の意。Aの器からBの器へ食べ物(飯でも汁でも)を移し変えたりする。その形状は古代も現代もさほどの違いはないでしょう。それが飯であれば後世のシャモジ(あるいはまぁ、平たいスプーン)のようなものであり、汁物ならそれをすくえるようなもの。なかには「木刀」と書いたものもあり、これは平たく細長く、相当に長かったかもしれない。
「匙 説文云匕 和名賀比 所以取飯也」(『和名類聚鈔』)。
◎「かひ(抱)」
「かきあひ(懸き合ひ)→かかひ」の「か」一音の無音化。何かと交感を生じさせ、これと交流し合うこと。具体的には樹木の幹を抱くようにこれを腕で周回状態にする努力を言いますが、これにより、何度の「かひ」で全体を周回できるかを言うことにより樹木の幹の太さを表現する。つまり「かひ(抱)」はその単位。「ひとかひ(一抱)」は直径30センチ弱程度の樹木。
「一かひ二かひある名を附けたる松の木なんどを…」(『甲陽軍鑑』)。